第10話 龍野 倉敷 尾道

その日の夕刻。二人の車は<赤穂浪士>の赤穂市。<備前焼>の備前市を通り過ぎ、岡山県に入っていた。

「徹君、よかったな。龍野。」

「そうですね。僕も、あんなにゆったりと観光したのは、初めてかも…。」

<須磨の小京都>と称される城下町。多くの文化人を輩出した事でも有名な町。童謡<赤とんぼ>の作詞者で、詩人の三木露風はじめする多くの文化人を輩出廃した事でも有名な町。白壁の武家屋敷が残る、風情のある街並みを堪能した二人は、興奮していた。

「そうそう、私なんか、仕事仕事で、長期休暇があっても、近場の温泉に行くぐらいなもの。完璧なインドア派やったから、ゆったりと気分で、町の散策をして、お土産物屋に立ち寄って、観光って、こんな感じの事を云うやね。」

「僕も、田舎と神戸の街ぐらいしか知らんから…。社員旅行に言っても、酒を飲みに行くもんやし…。」

それぞれの興奮を言葉にする二人。一人旅であれば、こんな感じで、自分が感じた事を、会話で楽しめない。車内に流れる音楽を聴きながら、自分の中で処理するのが、関の山だったのだろう。改めて、二人旅の良さを噛み締めている。

「そうやな。会社の旅行って、メインは酒と宴会やったもんな。そういえば、その土地の名所の散策、観光がメインの旅行ってした事ないなぁ。」

「僕もそうですわ。旅行といえば、学生の時の修学旅行ぐらいなもん。学生の時は仲間と騒ぐのがメインで、ゆったりとのんびりと、名所を廻る観光なんてしてなかったです。」

二人は、改めて<旅>をしているという事を、実感していた。

「田口さん、さっき<るるぶ>買って、見てたんですけど、龍野でこんなに感動したんだから、<倉敷>の方は、もっとすごいみたいですよ。」

徹は、今朝の事もあり、行き当たりばったりの旅とは言っても、ちょっとした下調べは必要だと考えたのだ。旅行雑誌を手にして、そんな言葉を問いかけていた。

「いつの間に…。」

「これに、書いてあるんですけど、倉敷の町が、古風ある町並みなんですって、龍野のでっかい番じゃないですか。」

徹は、徐々に地というものを出してきている。本音を言えば、何事にも、計画というものをたてたいタイプなのだ。女性とのデートでも、前日に、デートに出かける土地をネットで調べて、当日のプランをたてる。そうしないと、落ち着かない。一方、京一は、今回の旅のように、行き当たりばったりの言葉通り、何も調べないし、プランというものをたてない。休日は、一週間使いまくっていた頭と身体を休める為にあるもの。そんな認識を持っている。

「ほう、そうね。じゃあ、今日は倉敷で一泊して、明日の朝から観光するね。」

徹の提案に乗っかる。京一は、ふと、考える。一人旅であったら、倉敷という土地に立ち寄ろうとしていただろうか。もっと言うなら、姫路城にのぼり、龍野という城下町を、散策しただろうか。旅を共にする相手がいるから、言葉を投げかけたり、言葉を聞いて、じゃぁ、行こう、行かないの判断ができる。家を出る時は、ただの帰省するために、ドライブ旅行になるはずだった。蓋を開けてみれば、徹という、一回りも年下の男性を隣に乗せて、盛り上がり旅をしている。楽しく会話をして、行き先を決め、観光をしている。今まで、こんな思い切った事をしてきただろうか。何事にも、無難に生きてきたように思う。

「それで、いきますか。」

徹の同意する言葉に、心地よさを感じる。そして、車の中で盛り上がり、二人の笑い声が聞こえる。たまには、冒険することもありだと、京一は思う。第二の人生ではないが、新しい生活を始める前に、思い切って、帰郷することを選択して、よかったと思う。

いつの間にか、いい具合に、京一の事をサポートするナビを、徹が勤める。性格が異なる二人が、今いる空間の中で、それぞれの役割を見つけ出していた。

「徹君、その本に、<尾道>の事はのっとらんね。」

盛りあがっている中、突然、そんな言葉を発している京一。

「えっ、ちょっと待ってください。…、あった、ありましたよ。」

<尾道>といえば、大林監督映画の舞台で有名。映画好きの京一の年代であれば、知らない人はいないのではないだろうか。<転校生><BUSU><さびしんぼ>など、尾道を舞台にした尾道三部作が有名である。

「で、何かあるんですか。尾道に…。」

そんな言葉を口にしてしまった徹。京一は運転中にもかかわらず、徹の方を向いてしまう。

「あっ、危ないですよ。田口さん。」

視線を向ける徹が、慌てて、そんな言葉を叫ぶ。徹の視界には、前の車のブレーキランプが赤く光っていた。京一は、正面を向くと、徹と同じ情景が瞳に映る。反射的にブレーキを深く踏み込む。

「田口さん、お願いしますよ。前は、しっかりと見ててくださいよ。」

間一髪。初めて、事故る所であった。無難に生きてきた京一が、生まれて初めての接触事故手前で、車が止まる。

「フぅう、危ない危ないって、そんな事よりも尾道と聞いて、ピーンとこうへんか。」

京一は、事故りそうになった事よりも、尾道の事が気になっている。

「えっ、何なんですか。」

徹は、京一の態度に戸惑ってしまう。赤信号で前の車が止まり、カマを掘りそうになったというのに、尾道がなんだというのであろう。

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