第9話 初日 観光

翌日の午前中。二人の姿は姫路城内にあった。

「徹君、昨日の宿、最悪やったな。」

「仕方ないですよ。素泊まり一人五千円ですから…」

二人とも、身体のあっちこっちに痛みを感じる。徹が、一番安い宿を、ネットで探してくれた。ビジネスホテルの名の元の民宿。そんな言葉が、ぴったりな安宿。薄汚れた外観に、横柄な態度をとる従業員。部屋の角には近寄りたくない薄暗い部屋に入った途端、徹が、酒買ってきましょうと、叫んだ。酒でも飲まないと、やってられない。そんな事を思う程、酷かった。だから、昨日は、飲んだ。飲みまくった。そのおかげで、昨日よりも、距離は縮まったように見える二人。心なしか、会話も自然になっている。

全体的に、白ぽく、バランスのいい姫路城は、別名白鷺城と呼ばれている。1609年(慶長14年)、時の城主池田輝政によって、完成された。本丸を中心に、二の丸、三の丸、西の丸があり、それらを囲んで、内曲輪、中曲輪など、螺旋状に巡っているなど、戦略状巧妙な設計で、その外観の美しさとともに、世界の名城の一つに数えられている。1993年(世界の文化遺産)に指定された。

「何か、殺風景やな。」

天守閣に登り、姫路の町を見下ろしている京一の口から、そんな言葉がこぼれ落ちる。

「そうですか。すごい絶景じゃぁないですか。」

徹は、正直、姫路城の優雅さに感動していた。納得いかない表情を浮かべる京一をスルーして、姫路の町並みを見降ろしている。

「いや、イメージ的には城下町やねん。天守閣から、見降ろす町並みは、瓦屋根で、遠くの方には田園風景…。なんて言うか、ちゃうんねん。」

視界には、姫路の町並みの風景を入れ、耳は、京一の言葉に耳を立てていた。徹は、なぜか、京一が言わんとしている事がわかってしまう。高いビルなどない、凸凹のない町並み。町外れには、田園風景が広がり、視界を遮るものなどない風景。

「それは無理でしょ。田口さん。いつの時代ですか。本当に、そんな景色を想像していたんですか。」

徹は、冷静にそんな言葉を口にする。正直、姫路という町が、こんなに都会だった事を、想像していなかったのだろうと思われる。まぁ、京一が妄想する町並みは、今の日本には、存在しないのは確実である。

「わかっとるで、無理やというか、そんな事はないっていうのはわかっとる。でも、少しぐらいは残っててもええんとちゃうか。」

京一の思い描く風景は、ズバリ<城下町>なのである。この時代に、江戸時代の建造物など多く残っていないのは理解している。姫路城が、古風のある建造物だけあって、今、視界に入る現在の景色とのミスマッチが、<殺風景>という言葉になってしまっていた。

徹は、何か子供染みた京一に、おかしさを感じている。昨日も、安ホテルで酒を飲み交わしながら、京一という一人の人間に触れていた。一言で云うと、真面目、頑固。いい言葉で云うと、一本筋の通った人だと感じていた。しかし、酔いが回るに従い、所々で、子供的なわがままを言い出す始末。<わがまま>といえば悪いイメージであるが、あくまでも、気分のいい<わがまま>。子供染みた可愛げのあるわがままであった。

「あっ。」

京一がブツブツと、不満を言葉にしている隣で、徹はあるものに目が行く。<龍野>という文字に瞳に映る。漢字からして、時代を感じさせる。龍野という地名を説明する表示に目を通し、京一が、喜ぶであろうと確信したのである。

「田口さん、これ見てくださいよ。」

指をさし、<龍野>という文字の下の説明文を、声に出して読んでみた。

姫路城から揖保川方面。山陽本線の岡山県側。姫路駅から、一つ目の駅になる。<龍野>という地域には、古い町並みが残っているという事が、書かれていた。

「良かったですね、一駅だったら、そんなに遠くないし、行ってみましょうよ。」

徹は、自分の事のように喜んでいる。京一が、見たいと思う<城下町>という言葉が当てはまる場所が、それほど遠くない距離にある。二人は、思わず<龍野>の方に、視線を向けていた。

「よし、行ってみますか。」

京一も、当たり前であるが喜んでいる。さっきまで不満そうであった表情が、どこかに飛んでしまっていた。

そんな事で盛りあがる二人。昨日、出会ったばかりとは思えない。親子といえば、京一の方に失礼であろう。<大家族の長男坊と、末っ子との二人旅>そんなところであろうか。


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