第8話 自己紹介風会話

京一にとって一人旅の筈であった。単なる旅行記。旅というものをしたかっただけであった。色んな土地に行き、風土歴史に触れ、観光したいと思っている。人生の分岐点、新しい生活に入る前の旅行。徹という、随分年下の連れが出来てしまったが、京一のそんな気持ちは変わっていない。九州に辿りつくのに、何日かかるのかもわからない。そんな京一と徹の旅行記。さて、どうなる事でしょう。


神戸ハーパーランドを後にする。助手席に徹を乗せて、ホンダLIFEは、国道二号線の海沿いの道を走っている。山陽電鉄を並行にして、<神戸市立須磨海浜水族館><神戸市立須磨海釣り公園>を通り過ぎ、<舞子の浦>神戸淡路鳴門自動車道(明石海峡大橋)が見えてきた。<明石の蛸><明石焼き>で、有名な明石海峡を左に見ながら、車はのんびりと走っていた。

「徹君、時間からして、今日は姫路辺りで泊まる事になると思うけど、いいね。」

時間は、午後四時を回っている。傾いた太陽の光が、海に反射して輝いていた。

「自分は、別に構わないですよ。」

「そうか、姫路城も見てみたいし、そうしよう。」

まだ、ぎこちない会話が続いていた。出会って、数時間したっていないのだから、仕方がない。徹は、乗り慣れない車に、お尻がむずむずしているようだ。

「あの…」

「なんや。」

でっかい明石海峡大橋の陸橋の真下を通り過ぎた時、徹の方から、問いかけてきた。

「田口さんは、そんなでこんな中途半端な時期に、里帰りなんですか。」

「えっ、そうか、まだ、ゆうとらんかったな。」

確かに、徹の問いかけは分かるような気がする。帰省といえば、お盆と正月、後はゴールデンウィークといったところだろう。不幸事の帰省であれば、のんびりゆったりなんて事はないだろう。

「徹君と、同じようなもんや。」

「じゃあ、田口さんも、会社を辞めたと。」

「結果は同じでも、私の場合は<肩たたき>、簡単に言ってしまえば<リストラ>にあってもうてな。十七年やで、十七年真面目に勤めていたのに、あっさりと首切られてしもうたわ。笑うやろ。」

「…」

徹は、黙ってしまう。京一の言う通り、辞めるという結果は一緒でも、内容が、徹の場合とは全く違う。正直、今の京一の心境は理解できない。だから、有り触れた言葉で、対応するのは違う気がした。悪い事を聞いたような気がして、簡単には、言葉を返せないでいた。

「別に気を使わんでもええよ。次の就職も決まっているしな。でも、ほんま、笑うよな。十八の時に入社して、十七年やで、自分では会社の為に頑張ってきたつもりやけどな。三十過ぎた高給取りよりも、徹君みたいな若い方がいいんやろ。このご時世。」

「何言ってんですか、田口さんは、まだ若いですよ。」

徹は、訳のわからないフォローを入れる。

「はっはっはっ、ありがとうな。でも、今は何の未練もないんよ。反対に、スカッとした気分やねん。昨日、会社の前ですべて捨ててきた。仕事も決まっているというのもあるんやろうけど、そうじゃないと、こうやって車で旅に出ようなんて、思わんやろ。」

京一は、ちょっと前の自分と今の自分を照らしあわせる。表情を緩ませながら、喋る京一の言葉に、何か深いものを感じた。

「じゃあ、今回の旅は…」

「なんやろナ。カッコつければ、<自分探しの旅>かな。新しく迎える人生に、過去の自分と決別する為の…なんてな。ちょっと、サムイか。」

そんな言葉を口にする京一は照れている。徹は、そんな京一の言葉を、神妙な表情で聞いていた。何か、思う所があるのだろう。

「そんな事ないですよ。なんて言うか。うまく言えないけど、前向きでいいと思います。俺なんて、逃げ帰るんですから…」

そんな徹の悲しい言葉が、車内に響いていた。京一は、徹が言わんとすることを、一瞬で理解した。ホームシックって言葉が頭に浮かぶ。京一も、田舎に帰れるもんなら、帰りたかった。地元の友達の顔を見たかった。生まれ育った土地の大気に触れてみたかった。しかし、帰れない理由があったから、大阪という土地で踏ん張れた。

「徹君、逃げても、ええんちゃうんかな。」

京一は、徹の気持ちを察したのか、ゆったりとそんな言葉を口にする。アクセルを気持ち、緩める。

「逃げるが勝ちっていう言葉もある。私は、逃げる事が、情けない事でも、格好が悪い事でもない気がする。人間なんて、何回も何回も失敗をして成長するもんやねん。失敗して、気づく事の方が多い。若いうちは、やり直しがきくもんや。立ち止まって、真剣に自分と向き合い、前を向いて歩き出す。そんな事も、大事やと思う。だから、気にせんでもええちゃうかな。」

続けて、そんな言葉を口にする。徹は、背筋を丸めて、覇気がない。ハンドルを握る京一に視線を向けて、言葉を発した。

「でも、田口さんは、高校を卒業して、十七年も同じ会社で頑張ってきたわけやし、その頑張りがあったから、次の職場も見つけられたとでしょ。俺なんか、中途半端ですよ。」

ますます、悲愴感を漂わせる徹に対して、BGMのボリュームを緩めた。

「中途半端か…徹君の言うとおり、私は、十七年頑張ってきたから、再就職先もすぐに見つけられたのかもしれん。でも、私は十七年勤めた会社に、裏切られたんよ。」

京一は、そんな言葉を言い切っていた。まだ、胸の奥底にある本音が、言葉として出てしまう。昨日、会社の前で捨ててきたものが、湧き出てしまう。そして、前の会社に対して、納得がいかない言葉でもあった。

「十七年間の私の業績を無視されたんよ。コツコツと、積み上げてきたものが、必死になって、結果を出してきたものが、全て、無視されたんよ。飲みたくもない酒を飲んで、営業先でコケにされながら、へらへら笑って、取ってきた仕事。下げたくもない頭を下げて、相手におべっかを使って、取ってきた仕事。全て、無いものにしたんよ。会社なんて、社会なんて、納得がいかない事ばかりや。徹君には、田舎に、迎えてくれる家族がいるやろ。待っていてくれる人がいるやろ。逃げれる場所があるなら、逃げればええねん。甘えればええ。何も自分一人、頑張らんでもええんよ。私なんか…いや、そんな事は、どうでもいいわ!つまり、徹君は、まだまだ、若いねん。やり直しは何度でも利くって事や!」

「…」

京一の言葉が、徹の心に届いているのか、何も、言葉を返せないでいる。京一のハッとする表情が、サイドミラーに映っていた。やってしまった感が、京一に襲いかかる。熱の入りすぎだ自分に気付く。若者とは、こんな説教じみた会話は、大嫌いなのである。ましてや、数時間前に出会ったばかりの二人。バツの悪そうの表情を浮かべる京一。

「すまんな。偉そうな事言ってもうたな。うざいよな。なんやろ、いつも、こうやねん、熱くなるというか、何か、余計なことを言ってまうんやな。徹君、気を悪くしたんなら、ごめんな。こんな話は、無しにしようや。もうやめよう。折角、一緒に旅をする事になったんやから、楽しもうや。」

嫌な空気が流れる中、トーンダウンした京一の本音といえる言葉が車内に響く。勢いで、説教じみた事を口にしてしまった。嫌な雰囲気を、吹き飛ばそうと、気分を盛り上げようと明るく振舞っている。そんな京一の気持ちとは裏腹に、徹には、返す言葉がないほど、京一の言葉が、心に響いていた。数時間前まで、見知らぬ他人の自分の事を、こんなにも考えてくれている。親身になって、励まそうにしてくれている。そんな京一の言葉が、胸に突き刺さり。自分の不甲斐無さを恥じる。

「はい。」

小さく、返事をするのがやっとであった。意味なく、盛り上げようとする京一の耳に、徹の言葉が届いた時、ホッとした。そして、穏やかな口調で、そうやな、と言葉を発していた。

日も傾き、太陽が茜色に染まってきた。明石の海から、瀬戸内海に入っていく。茜色に染まる空には、雲ひとつない。徹にとっても、<自分探しの旅>になっていく。まだまだ、旅は始まったばかりである。


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