第7話 説得 相方 ドライブ旅行
「ちょっと、いいね…」
そんな言葉を発しながら、青年の席へと移動する。京一にしては、大胆な行動である。地元のイントネーションを耳にして、どうしようもなく、この青年に興味がわいた。
「ほう、鹿児島ね。やったら、大隅の方やろ。」
青年の目が点になっているのが分かる。鹿児島の出身者であればわかると思うが、鹿児島県は、鹿児島半島(本島)と大隅半島の二股に分かれている。鹿児島半島は、熊本寄りで、大隅半島は、宮崎寄りである。京一の田舎はその県境にあって、方言がよく似ていた。
「えっ、何で、わかるんですか。」
そんな青年の言葉は、当たり前であろう。見知らずの中年親父が、自分の地元を当てて、ずかずかと、自分の席に移動してきたのだから、驚き面食らうのは当たり前である。
「私は、都城やねん。」
京一が、そんな言葉を口にすると、青年の疑問が、あっという間に解決してしまう。この青年に視線が向いたのは、同郷という懐かしい空気を、感じ取ったからかもしれない。急に親近感が湧いてくる。京一は、この青年と話しをしたい衝動にかられてしまう。
「どうね、同席はしても、いいね。」
青年も、写真を拾ってくれた事もあり、京一に親しみを感じ取ったのか、そんな京一の誘いに応じてくれた。
席が一緒になり、京一は色んな事を問いてみる。青年の名前は向井徹、二十歳で、高校卒業をして、神戸の会社に就職するも、神戸という土地に馴染めなかったのか、会社が合わなかったのか、理由までは聞けなかったが、退職して、一時的に田舎に帰る事にしたらしい。そして、今から新幹線に乗るという事まで、会話をしていた。
「じゃあ、徹君は、新幹線の切符、買っているの。」
「いいえ、まだですけど…」
そんな会話をしている中、京一はある事を考え始めていた。一人旅ではなく、二人旅、そんなワードが、京一の頭の中に浮かんでいた。
「徹君は、別に急いで帰らんでもええんやろ。」
「はぁい、えぇ、まあ、別にそんな急ぐわけではありませんが…」
二人で、オーダーしたパスタを口に運びながら、そんな会話をしている。徹は、京一が言わんとしている事が、イマイチ、理解できないでいる。
「徹君が、もし、もし、良ければやけど、私と一緒に旅をしないか。」
「…」
徹の動きが止まってしまう。どう言葉を返していいのか、リアクションに困ってしまう。
「ごめんな。急やんな。あれやで、私がこっちってわけではないから…」
右手を交差するように、頬に当てる仕草をする。苦笑いをする徹に対して、言葉を続ける。
「私も、今から、十七年ぶりに田舎に帰ろうと思とるんよ。ゆっくりと、ゆったりと、高速を使わず、下の道でな。ここで、同郷の君と、出会ったのも、何かの縁だろうし、一人旅より、二人いた方が、楽しそうやん、やから…」
続け様に、そんな言葉を口にする。何となくであるが、京一の言葉を理解し始める。きょとんとしていた徹の表情と、無意識に関西弁交じりの九州弁を喋っている京一が、席を向かい合わせる座る姿が、妙に、面白みを感じさせていた。
「下の道を使って、その場で行きたいところ決めて、数日かけて九州まで行こうと思っとるんよ。十七年振りやろ、いきなり、生まれ故郷というのも、身体が、びっくりしてしまうような気がしてな。一人旅っていうのも、格好いいと思ったんやけど、旅は楽しい方がええやんか。これは、私の勝手な思い込みかもしれへんけど、徹君とやったら、楽しくやれるんとちゃうかなぁと思ってな。足は、私の車があるし、泊まるとこも安いとこ探して、どうね、急いでいなかったら、私に付き合ってくれんね。」
徹のイエスという言葉を期待して、丁寧に、胸の内にある言葉を並べた。こうやって、見知らず者同士が、同じ席で食事をしている。徹も、京一に対して、何かを感じたからかもしれない。
「う~ん…」
腕組をして考え込む徹に、熱い視線を送る。無理な提案だという事は、京一本人が、わかっている。徹の立場であれば、目の前にいる徹同様、すぐには返事などできないはずである。京一は、言葉を待つしかなかった。
「いいですよ。俺も、別に急いで帰っても仕方がないし、田舎に帰っても、何があるわけでもないし、こんな展開も面白い。田口、田口さんでしたっけ…田口さんとなら、面白いかも…田口さんが良ければ、俺はいいですよ。」
京一の表情が、一瞬にして、安堵感を漂わせる。たまたま、同じ時刻に同じレストランに居た。ひょんな事から、同じ席で食事をする事になった年の差のある男達。きっかけは、一枚の写真を落とした事で、三十五歳の中年親父と二十歳の青年が、一人旅ではなく、二人旅をする事になった。まだ、春の足音が遠い、三月一日の出来事。
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