第6話 青年 出会い 声かけ
<お待たせしました。>
神戸ハーパーランドにあるビストロ。平日のお昼を過ぎたという事もあり、空席が目立つ店内、京一は好みのクリーム系のパスタと、グラスワインを注文していた。
「いただきます。」
一人寂しく小さな声で、手を合わせる。一人の食事は慣れていた。
「なんやろ…。」
京一の瞳に、熱いものが込み上げてくる。必死に堪えている。外食いえば、ここ数年一人きりであったのに、一人の食事にはもう慣れっこの筈なのに、なんで、涙が込み上げてくるのか分からないでいた。
“カラン・カランコロン!”
そんな時に大きな荷物を持った一人の青年が、店内に入ってくる。京一が座っている席の前の椅子に、その大きな荷物を、ドスンと置いた。涙を堪えながらも、青年の後ろ身に視線を向けてしまう。若い店員が、水を運んでくる。
『ミートスパでええわ。』
そんな言葉を慌てて口にする。
『トイレはどこね。』
続け様に、そんな言葉を口にして、京一が座っている席の前を慌てて、忙しなく通り過ぎる。
“ヒラ・ヒラ・ヒラン…”
懐かしい響き、イントネーションが京一の耳に届いた。青年が彼通った後、一枚のヒラヒラしたものが落ちていく。そんな状況を視界に入ってきた。自然と、ヒラヒラ落ちていったものに手を伸ばす京一。拾ったものは一枚の写真。背景は山の中、田舎の家の前での家族写真。髪型は違うが間違いなく、今駆け抜けた青年が映っていた。
「家族写真か。」
思わず、京一はそんな言葉を呟いてしまう。
<あの青年の家族なんやろナ。二十歳、いやもっといっているか、それにしても、ものすごい山奥やな。ぶっとい木、ぎょうさんあるし…>
自分勝手な妄想をしてしまう。
<彼のイントネーション、懐かしいわぁ。絶対に九州出身や。間違いなく、大隅か。>
本当に、自分勝手な妄想。しかし、青年のイントネーションから、懐かしさが込み上げてくる。十八歳まで暮らしていた田舎。都城のはずれの高崎町。この家族写真の背景の様に、ぶっとい木が茂っている山間の町である。
「私も、大阪に出てきた頃は、あんな感じやったんやろナ。」
思わず、そんな言葉を口にしてしまう。手にする写真を見つめながら、ウブであった青年時代を思い返している。
しばらくして、ドタバタしながら青年が席に戻ってきていた。京一は、手に持っている写真をどうする事も出来ず、思い切って声を掛けてみる。
「あの、すいません。」
「…。」
恐る恐る、小声であったから、聞こえていないのだろうか、返事が返ってこない。青年も、まさか見知らぬ中年親父から声を掛けられるとは思ってないだろう。
「そこの青年!」
京一は、そんな状況にイラついたのか、店内に響くぐらいに、声を張っていた。肩がピクリと動き、キョロキョロし始める青年。
「後ろ、後ろ。」
そんな青年の姿が視界に入り、そんな言葉を続けた。
振り向く青年は、京一の姿を見て、目が点になっている。全くの見知らぬ中年親父。当たり前といえば当たり前である。
「これ、自分のやろ。」
京一は、そんな状態の青年を無視して、写真を見せながら、そんな言葉を口にする。青年の顔が、一気に赤く染まっていく。
「これ、落としたやろ。はい…。」
「あっ、すいません。」
写真を差し出す京一に、ぺこりと頭を下げる青年。見知らぬ中年親父に、自分の田舎の写真を見られたのが、恥ずかしいと思ったのか、赤く染まった顔が寄り深く染まっていく。
「ねぇ、自分、九州出身やろ。」
京一は、そんな青年の事など気にも止めず、そんな言葉を発していた。
「えっ!」
写真を受け取った手の動きが止まってしまう。俯いていた青年は顔を上げて、京一と目を合わせる。
「九州のどこね。」
カマを掛けたつもりであった京一は、青年の表情を見て確信に変わっていた。青年の返事も聞かず、そんな言葉を続けていた。
「鹿児島ですけど…。」
思わず、素直に言葉を返してしまう青年。(鹿児島)という言葉が耳に入った瞬間、京一は、グラスワインを手に持っていた。
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