ただいま そして・・・
一本杉省吾
第1話 会社に裏切られた
二月の末日。今年は、例年にない大寒波に襲われ、全国各地、最低気温を更新するほどの冷気が日本列島を包み込んでいた。日本海側の地域は、豪雪は荒ましいもので、毎日ニュースに流れるほどすごかった。
その日の夕刻、三十半ばの男性が、大阪市内の小ビルを正面にしている。何を思い、どんな事を考えているのか、神妙な趣で、そのビルを見上げ見つめていた。本日付けで、十七年勤務していた会社を退社する。小さな花束を手にして、もうここに来ることは二度とないであろう、小ビルを眺めていた。<肩たたき><リストラ>色んな言葉があるが、今となってはどうでもいい事である。今、この場から、もう自分には、関係ない場所になってしまう。一年の三分の二以上、この場に通い続けた。明日からは、朝の通勤ラッシュにあい、この場所に来ることはない。男性は、深々と頭を下げ、小ビルを背にした。
『田口君、今夜付き合ってくれないか。』
毎度の約束事。息抜きという名の飲み合い。愚痴を言い合う慣れ合い事の席であると思っていた。その時、いつもとは違う上司の振る舞いに気づかず、はい、と返事をした自分が情けない。それだけ、自分というものに<自信>を持っていたのだ。
高校を卒業して十七年。この会社に就職して、営業畑で仕事をしてきた。それなりの実績も挙げていたし、この会社の貢献度は、他の社員よりもあると思っていた。結婚もせず、真面目に勤めてきたつもりでいた。<主任>という役職をもらい、会社は、自分の事を買ってくれていると信じていた。それなのに、まさかの<リストラ>という言葉が自分の身に、降りかかろうとは思いもしていなかった。
『田口君、今日は辛い話をしなければ…。』
いつもの場所とは、全く違う処。居酒屋が定番のはずである。なのに、ホテルのBARに居た。つれない中年オヤジが二人、カウンターに座り、バーボンなんか、飲んでいる。上司のそんな言葉で嫌な空気が流れてしまう。<肩たたき>の言葉が頭に過ぎってしまう。
『私の本分ではないが、上からの辞令…。わかるな。田口君。』
『はい。』
条件反射で、そんな言葉を発してしまう。その後の事は、正直あまり覚えていない。どのように、上司の話を聞いていたのか。聞き分けの良い部下を演じていたのか。逆上して、上司を殴ったのか。本当に、どうでもいい。只、自分が<肩たたき>にあったという現実だけが、確実に存在していた。
明日から、三月だというのに、まだ、冷たい風。晩冬の風が、自分の身体に吹きつける。会社のビルを背にして、小さな花束を手にしてゆったりと歩き出す。未練がないといえば嘘になる。この会社の為に、身を粉にして働いてきた自分が、馬鹿らしく嫌になってしまう。自分は、真面目にやってきたつもりでも、会社は<首を切る>という結果を出してきた。納得はいかなくても、その結果を受け入れなくてはいけない。まぁ、一介のサラリーマンとは、そんなものであろう。
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