第2話 持ちマンション
退職した翌日、三月の一日。マンションのドアの上に<田口京一>と書かれている表札。この部屋で、京一は朝早く起きて、荷造りをしていた。別に、引っ越しの為に荷造りをしているわけではなく、ちょっとした旅に出ようとする荷支度であった。三十五歳になる京一は、五年前にこの<泉南市>という土地に、このマンションを購入した。結構、思い切った事をしたものだと、自分でも思っている。結婚をするわけでもなく、独身の京一が、マンションを購入したわけは、二十五年ローンを組んででも、この泉南市という場所にしたわけは、何なんだろうか。当時は、リストラされるなど、微塵にも思っていない。未練があるわけではないが、順調に、あの会社で、役職を貰えると信じていた。だから、自分の城がほしかった。ローンを払い続けなければいけないと云う、現実的なもので、逃げ道を作らない事にした。本当であれば、結婚をし、伴侶となる女性の為、その伴侶との子供の為というのが、理想なのであろうが、京一には、全くの結婚願望というモノがない。女性に、モテないわけではない。それなりに、幾人かの女性と付き合ってきた。しかし、自分の方から、結婚という二文字を言い出すことはなかった。だから、マンション購入という、現実的なものを背負う事にした。大阪の南の果て、大阪市内より、和歌山の方が近い。大阪市内で仕事をするのであれば、市内にマンションを購入すればよかったのであろうが、京一は、泉南市という大阪の南の果てが、気に入った。大阪と和歌山を隔てている和泉山脈の山々が見え、近くに大阪湾一望でき、天気のいい時は、淡路島まで見える。丁度いい田舎なのである。仕事のオン、休日のオフ、自分の中で、人生のスイッチの切り替えがうまくいくと考えた。もちろん、仕事という労働をする為の臨戦態勢を整える通勤時間があり、休日は、あの頃は、和歌山の温泉だったかな。ドライブがてら、温泉に入って、地元のうまいものを食べて、休日を過ごす。お気に入りは、片道、三時間かけて、奈良の十津川温泉まで通っていた。出来る事なら、この十津川という土地に、別荘などという、妄想を抱いていたぐらい、気に入ってはいた。とにかく、そんな人生を送る為に、この泉南市という土地に住む事にした。
京一の真面目さが功を奏したのか、次の就職先はもう決まっていた。営業で培った人脈で、泉南市の地元。福祉・医療ベッドを製作、販売をしている会社。京一の真面目な性格が気に入ったのか、社長自ら、<会社の営業職として、雇いたい。>という言葉を頂いた。<捨てる神あれば、拾う神あり>そんな言葉を胸に、この話に飛びついてしまう。年が明けて新年早々、京一はこの会社に訪問していた。
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