第19話 ナンパなのかな・これって…
「すいません、徹が、ナンパみたいなことをして、本当に迷惑じゃないですか。」
「いえいえ、私は、一人だったので、そろそろ話し相手がほしいと思っていたところで…」
樋口佳織、歳は、二十九歳らしい。目の前を歩く徹は、スマホで何かを検索している。
「これから、九州にの方に向かうんですってね。私は、昨日まで、福岡でした。」
「はい、私たちは、宮崎、南の方です。」
「里帰りか、何かですか。」
「はい、徹は、一時的な里帰りで、私の方は、十七年ぶりの帰郷です。」
「えっ、十七年振りって。ずいぶん…」
佳織は、そんな言葉を発した後、何を思ったのか、言葉を止めた。気を使われたかと思った京一は、苦笑いをしながら、言葉を続ける。
「そうですよね。十七年振りって、何かがあったかと思われますよね…高校卒業以来、帰っていないです。田舎には…まあ、あまり、親父とは、うまくいっていないというか、顔を合わせば、喧嘩をしてしまいそうで、仕事が、忙しかったという事もありますが、帰っていなかったんです。」
そうですか。佳織のそんな言葉が、耳に届いてくる。仕事が忙しいと言っても、十七年は長すぎだろと思いつつも、言い訳めいた言葉を口にしてしまう。そんな時、前を歩いていた徹が、急に振り向いて、話しかけてくる。
「京一さん、佳織さん、ここは、十九社と云って、旧暦十月全国の神様が出雲に集まる時、宿泊する場所なんですって…、反対側にも、同じものがあるらしいですよ。」
さすかが、ナビゲーター徹。ネットで、本殿の周りの社を検索していたらしい。
「徹君、補足いいかな、全国的に、十月は、神無月っていうけど、島根では、神有月っていうそうよ。」
「へぇ~、そうなんですか。さすが、小学校の先生、物知り…」
そんな言葉を残して、徹は、また、スマホに目を向けた。京一の表情が、少し引き締まる。よくあの短い間に、彼女の情報を、ここまで、引き出せたなぁと、徹のある種の才能に、感服してしまう。
臨時ですが…徹が残した言葉に、照れ臭そうに、そんな言葉を呟いた佳織。京一は、そうですか。としか答えられることができなかった。
三人は、そのまま、大きなご本殿の周りを散策した。色んな社があり、ナビケーター徹が、大活躍する。有り触れた会話を交わしながら、過ぎ去った歴史を感じつつ、楽しい時間を過ごす。時折、頬をあたる日本海の冷たい風。この場所だけが、時が止まっているような静かな空間で、三人は、共有の時間を過ごした。
三人は、大鳥居を正面にして、ありがとうございましたという気持ちを込め、一礼をしたのち、畑大社線の出雲大社駅に向かう大通り沿いのおしゃれなカフェに立ち寄っていた。
「でも、あれですよね。僕達も、そうやけど、小学校の先生って、忙しんじゃないですか。」
三月も中旬に近づいている時期、卒業式とか、入学式なんかの学校行事満載の時期でもある。一週間の休暇を取る事が難しいのではないかと、徹は、思ったのだ。
「臨時だから…」
でっかいおしゃれな牛乳瓶のようなグラス。ストローを口に運び、カフェラテで、喉を潤す。佳織は、大阪の吹田市で、アパート暮らしをしている。そこから、大阪市内の小学校に通っているという事である。
「産休の先生が、新学期から復帰するから、私は、今月いっぱいなのね。担任の学年も、二年生やし、そんなに忙しいってことは、無いんんよ。」
「そういうもんなんや、って事は、俺と一緒や。」
徹は、失業という言葉を、声を出さず唱えた。仲間が出来たという喜びからか、表情が緩んでいた。
「残念やねぇ、次は、決まってんのよ。又、臨時やけど…」
語尾に近づくにつれ、悲しそうな表情を浮かべる。佳織曰く、教師免許を持っていても、必ずしも、各小学校に配属されるわけではないらしい。各自治体の面接を受け、その自治体に本採用されなければ、今の佳織みたいに、大阪府内の小学校を転々としなければいけないらしい。要は、契約社員みたいなもの。
「二十九にもなって、情けないよね。まだ、ちゃぁんとした、教師になれていないんやから…」
深く溜め息をつき、弱音を呟いてしまう。数時間前に出会った、男性達に、自分の弱い部分を話してしまうなんて、どうかしたのかと思いつつも、旅の恥は掻き捨てという言葉があるように、もう止まらなくなる自分がいる。
「いい人がいたら、結婚でもするんやろうけど、これも、また、いないんやねぇ、二十九歳、女盛りなのに、なんて寂しい生活してるんやろ、私…」
「う~ん、でも、佳織さんは、教師になりたくてなったんやんな。」
急に、そんな言葉を発した徹に、そうやけど…と答える事しかできない佳織。
「じゃあ、俺よりましやないですか。俺なんて、就職先で揉めて、田舎に、逃げ帰るんやで…佳織さんは、まだ、自分のやりたいと思える仕事をしている。そら、臨時って、契約社員みたいなもんかもしれんけど、やりたいと思える仕事があるちゅうは、幸せじゃないですか。俺なんて、この年になっても、自分のやりたい事なんて、ようわからんですよ。」
丸テーブルを囲み座る京一は、この徹の言葉に驚いていた。今どきの若者。自分の意見を持たず、周りの流れに身を任せているそんな若者だと思っていた。結構、ぶっとい芯を持った若人なのかもしれない、徹という男は…
「私も、そう思いますよ。あなたは、自分のやりたい仕事をしている。理想というモノを持って、教師と云う職業を選んだんやと思う。私も、教師の世界が、どんなものかわかへんから、えらそうなことは言えへんけど、あなたが言う臨時というモノでも、続けているという事はその理想を、抱いているという事じゃないですか。もう二十九だと、あなたは言われているけど、まだ二十九なんじゃないでしょうか。私は最近、十七年勤めた会社を辞めました。そして、三十五にもなって、まだ独身です。でも、これからだと思っています。まだまだ、修行が足りないと思っています。あなたが、そんなに悲観的になる必要はないと、私も思います。」
京一は、佳織と徹の会話は、静かに、聞いていた。数時間前に出会ったばかりの女性に、説教交じりの言葉を、言ってしまっている自分に驚いている。
「修行って…」
佳織は、俯きながらも、京一が発した言葉をチョイスして呟く。そして、顔を上げ、京一の顔をまじまじを見つめた。
「修行って、なんの、修行ですか。」
そんな言葉を口にして、思い切り、表情を緩ませた。京一は、あえて、何も言わなかった。佳織の照れ隠しだという事が、わかったからである。
「二人とも、ほんまに、ありがとう。なんか、私、うれしいよ。言葉にうまくできないやけど、ほんま、思い切って、この旅行に出てよかった。二人と出会えたから…」
佳織は、座ったまま、深く頭を下げる。騒めく、カフェの店内。色んな人間が、この場にいる。そして、この三人は、こうして、向かい合っている。これだけでも、奇跡なのであろう。徹とは、数日前まで、佳織とは、数時間前まで、他人だった。旅というキーワードがなければ、ただ、通り過ぎていた三人なのである。京一は、こんなことを考えると、自然に表情が綻んでいた。
「ねぇ、京一さんは、大阪に戻るんやんなぁ…徹君は、これからどないするん。田舎に帰ったままなん。」
急に、身を乗り出して、フレンドリーな佳織が、表に出てきたと思えば、徹にそんな言葉を問いかける。
「いやぁ、多分やけど、もう一回、出て行こうとは、思っています。」
「そうなん、そうしぃ、自分、そうした方がええって、そうしよ。だって、こんなに楽しいのに、これでさいならって、悲しいやん。私も大阪やし、京一さんも、そうやし、三人で、大阪で会おうよ。」
強制、勢い、そんな言葉に近い言動を佳織はしている。別に、男性二人は、嫌がってはいない。ただ、佳織の変わり様に、驚いているだけである。
「ってことで、二人とも、はよ、出しいや。アドレス交換や。」
忙しなく物事が動く様に、佳織の言われたとおりに、行動を起こしてしまう。女性とは心が開いたら、こんなにも、自分の地というモノが出せるのだろうか。
「京一さん、今時、ガラ携って…まあ、ええわ…京一さんの番号言ってみて…」
京一は、気づいてしまう。佳織が、泉州弁を喋っている事に、気づいてしまう。しかし、そんなことを指摘できる余裕もなく、話を進んでいく。そして、小一時間ほど、佳織の独壇場の喋りが続く。時折、抵抗しようと、徹が試みるが、強烈な大阪の女性に撃沈されてしまう。京一も、一度は、話に入ってみる。一瞬、黙る佳織に、ガッツポーズを入れるが、まあ、ええわという言葉で、話がすり替えられてしまう。そして、佳織の独演会を続いていく。
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