第18話 一度は訪れたかった土地

昨日とは違い、たくさんの人々が行き交う中、二人は、出雲大社を目の前にしていた。昨晩は、深酒などせず、いい頃合いを見て、布団に入り、静かに眠りについた。二人は向かい合い、馬鹿話をしない情景は、この旅の中でなかったこと。距離を縮めるために、無理をしていた事もあったのだろうが、昨晩は、不思議と、言葉を交わさずとも、間が持ってしまっていた。二人旅も、五泊目で、身体が疲れていた事もあるのかもしれないが、余計なことは喋らず、風呂に入り、そのまま寝てしまったという感じであった。

「人が多いですね。」

さすが、出雲大社である。昨日訪れた神魂神社とは違い、参拝客の人数が比べ物にならない。大国主大神を祭る神社、島根に来て、ここを観光しない者はいないだろう。

木の鳥居を脇で、二人並んで一礼をして、歩を進める。鳥居をくぐり、すぐの所に、祓社がある。それに気づかず、通り過ぎろうとする京一に対して、徹が声をかける。

「京一さん、ちょっと!」

ふぅん、立ち止まり、視線を徹に向けると、立て看板に見つめている。

「ここで、参拝しないといけないみたいですよ。」

徹いわく、祓社、つまりここで、心身のけがれを払って、清めるらしい。ちなみに、後方にある浄の池で、手を洗う行為もした方がいいらしい。参拝着の中には、この場を素通りして、歩を進めるものも多い。それに気づいた徹に、えらいと、言いたくなる。参拝する前に、身体を清めるという事はなんとなくわかっていた。その役目が、手水舎みたいなものしか知らない。心身を清めるための参拝、初めてここに訪れた人たちは、間違いなく気づかないであろう。

じゃりじゃりと音をたて、少し下った参道を歩き抜けると、両側に松の木が立ち並んでいる。その中に立て看板してある松の木の前で、足を止めると、樹齢400年という文字に、二人は興奮した。そんな時、京一は、一人の女性と目が合ってしまう。立て看板を正面にして、その女性は、樹齢400年の松の木に、手を添えているところ、視線が重なり合っていた。女性の軽い会釈に、京一も思わず、頭を下げてしまう。少し、頬を緩ましながら、背を向けた。そんな女性の背を追ってしまっていた。

「どけんかした。」

徹の言葉で、ハッと我に戻る。一瞬で耳が真っ赤になり、いや、何でもないと、言葉を発した。徹は、京一の視線先の女性に気付いていた。何かを誤魔化す様に、樹齢400年の松の木に近づき、何やら、言葉を発している。気づかない振りをするのも、礼儀だなぁと思いつつ、この場を流した。

銅製の鳥居の前で、再度一礼をして、拝殿を目の前にする。当然のごとく、視界に入ってくるのは、ドでっかいしめ縄である。

「京一さん、このしめ縄、大注連縄っていうそうですよ。へぇ~、全長十三メートル、重さ、四・五t、すごいですね~」

スマホを手にしながら、徹の説明を続くが、京一は、しめ縄の大きさに圧倒され、ほぼほぼ、徹の言葉が、耳に入っていない。

「お参りの仕方も、違うんやね。ここは、二礼四拍手一礼だそうですよ。」

間が空き、徹の視線が京一に向く。二・三歩、歩を進めると、徹の言葉が続いた。

京一さん!と、呼び止める強い言葉の後、聞いていますか、という言葉が続く。京一は、足を止め、徹に視線を向けた。

「ごめん、何か、圧倒されて、聞いていなかった。」

もう、と言葉にしつつ、しめ縄のくだりから、もう一度説明をする。じゃりじゃりと音をたて、歩を進める。今度は、きちんと徹の言葉に耳を傾けた。拝殿の前まで、歩を進める間、ナビゲーター徹の言葉は続く。出雲大社うんちくが、徹の口を通して、京一の耳に届けられる。祓社の事といい、徹は、見事にナビゲーターとして勤めをはたしていた。

「二礼四拍手一礼だったっけ…」

拝殿の前で、徹に確認の言葉を入れると、はい!という言葉が返ってくる。二人は、横に並び、背筋を伸ばし、拝礼を行う。気持ちを鎮め、頭の中を真っ白にして、手を合わせた。京一は、思いのほか長い時間手を合わせている。何を願っているのか、何を思っているのか、両手を正面で重ね、一歩下がって、京一を待つ徹がいる。

拝殿に背を向け、神馬と神牛の像に足を向ける二人。これも、徹のナビゲートによるものである。歩を進めていると、京一が、急に立ち止まる。思わず、徹も立ち止まり、視線を向けると、京一は、別方向に視線を向けていた。無意識に、その先を見つめてしまうと、見に覚えのある後ろ身が視界に入ってきた。先ほど、松の木の参道で目にした女性が、神牛の背に手を当て、撫ぜていた。何を思ったか、徹が、その女性に向かって駆け出す情景が、京一の視界に入ってきた。声をかけている。その女性と、何やら会話をしている目の前の情景をしばらく見つめていると、徹が、手招きをして、京一の事を呼んでいた。

「二人旅の相手、京一さんです。」

訳もわからず、歩を進め、二人の前に立つと、徹から、そんな紹介をされた。

田口京一です。思わず、自己紹介をしてしまう京一に対して、佳織です、樋口佳織と云いますと、女性が頭を下げてきた。

「佳織さん、一人旅なんだって…」

徹が、そんな言葉を発した。だから、何やねんと、突っ込みたくなるが、徹いわく、ご一緒にしませんかと、声をかけ、承諾を抱いたという事である。なぜ、徹が、こんな行動をとったのかは、謎である。


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