第12話 口論 口喧嘩 わがまま

京一の愛車、シルバーのホンダライフが、尾道水道を一望できる海岸で、エンジンを止めた。京一は、そのままドアを開け、外に出ていく。正面に、尾道水道を置いて、全身を伸ばし、深呼吸をしている。

「車、止めるとこ、探さないと…。」

後から、車を降りてきた徹が、京一に、そんな声を掛ける。対岸に見える向島を見つめ、徹が発する言葉が聞こえているが、軽く流す京一。ただ、正面に見える絶景に魅了されていた。

「京一さん、聞こえとる。こんな所に車止めたら、迷惑になるがね。」

ただでさえ、道幅の狭い車道脇に、堂々と車を止めている。行きかう車の運転席からの視線が、痛い。

「徹君もみてみぃ、すごぃで、この景色…」

協調された徹の言葉に、呑気にも、そんな言葉を返す。確かに、京一が言う通り、趣のある風景である。しかし、徹には、路上駐車している今の状況の方が気になる。

『京一さん!』思わず、声を荒げてしまう徹。対して、京一は、何も悪ぶれる様子もなく、運転席に戻り、エンジンをかけた。

山陽本線、尾道駅前に、結構広い駐車場がある。その駐車場が目に留まった徹は、突然言葉を発した。

「京一さん、そこに止めてくれるね。」

えっ、京一は、少し驚く。今日宿泊予定の宿までは、まだあるような気がする。トイレか、喉でも乾いたのかな。そんな事を思いながら、有料駐車場のゲートをくぐった。

なんね、トイレか、そんな言葉を口にしながら、サイドブレーキを引いていた。そして、視線を徹に向ける。俯き、肩を震えているように見えた京一は、続けて、言葉を口にする。

「なんね、そんなに我慢しとったとね。早く、トイレに行ってきなんしゃい。」

『せからしかね!』

呑気にトイレに行くことを勧める京一に向かって、罵倒を浴びせる。京一にとっては懐かしい方言ではあるが、徹の口からは、聞きたくない言葉である。(うるさい)(馬鹿野郎)(いい加減にしろ)徹は、三番目の(いい加減にしろ)の意味合いの方が強いか。

「どげんかしたとや、徹君。」

徹の怒りが、京一に向いているとは思っていないのだろう当人。この状況、二人旅である。二人しかいない状態で、一人が怒りの声を上げる。かなり高い確率で、徹が、京一に対して、怒っている。

「どげんかとじゃないですよ。なんで、あんたは、急に車を止めるんです。」

えっ、京一を睨み付け、言葉をぶつけると徹に対して、まだ、怒りの対象が自分だとは思っていない。

「それに、後ろも、確認せんで、ドアばぁ開けて、外に出る。広い道路だったら、側道に止めればえぇ、何で、あんたは、広かろうが狭かろうが、お構いなしに、車を止めるんですか。人さぁ、迷惑ってもん、考えとるとね!」

徹は、イラついていた。京一の身勝手な言動に、腹をたてていた。徹が発した言葉通り、ハンドルを握る京一は、どんな場所でも、突然、ハザードを点滅させ、車を停車させる。理由は、視界に入ってきた景色に魅了されたり、自分が興味を引かれたものに遭遇すると、何の相談もなく、そんな行動に出る。別に、相談しろとは言わない。これが、京一が言っていた行き当たりバッタりなのだろう。しかし、限度がある。車の往来が激しい国道であっても、サイドミラーも見ずに、ドアを開け、外に飛び出す。もちろん、運転席は、右側である。ドアを開けた瞬間も、後方の車が、結構なスピードで、横を通り過ぎる。まだ、車の往来が少ない、田舎道であれば、ひやひやすることはないのだが、所構わず、そんな京一の行動を目の当たりする。正直、心臓が持たない。時には、さっきの道行ったら、どうなるんやろと、耳に入ってきたと思えば、急に、Uターンをしたこともあった。

「何、怒っとるんよ。」

ものすごい勢いで、怒りをぶつけてくる徹に対して、ポカーンとした表情で、そんな言葉を返してきた京一に対して、イライラ加減が、ピークに達した。

『もう、よか‼』

助手席のドアを勢いよく開け、外に飛び出た徹は、自分の荷物を取ろうと、後部座席のドアを開けようする。咄嗟に、運転席にいた京一は、徹のバックを掴み、自分の膝に抱え込んだ。

「なんすっとね、返してください。」

嫌だ、そんな言葉を発しながら、徹のバックを抱え込む京一の姿が滑稽である。

「もう、無理です。無神経すぎますよ。あんた。」

徹の怒りが、本気度合いが伝わってきた。ようやく、何に対しての怒りなのか、考え始める京一。駅前の駐車場に止めるように指示したことも、理解し始める。このまま、電車に乗るつもりいたのだ。

「いいから、ちょっと、話し合おう。やから、席に座ってくれんね。」

バックを抱えながら、助手席に戻るように、懇願する京一。徹は、後部座席のドアを開けたまま、そんな京一の言葉を聞いていた。

何ですか!、荒っぽく、助手席のドアを開けぱなしのまま、しぶしぶ席に戻る徹。

「旅の恥は、掛け捨てって言葉があるやんか…。」

えぇー!、そんな声を荒げ、京一を睨みつける。何を言うかと思えば、呆れかえるような言葉に、拳を強く握る徹。

「いや、ちゃうねん。話を最後まで、聞いて…。」

徹の怒りを敏感に感じ取った京一は、すぐさま、そんな言葉を口にした。

「旅の恥は駆けるって言葉があるみたいに、私は、舞い上がってたな。テンションが、上がってしまって、理不尽な事、してしまっていたんやなぁ、思うよ。そうやよな。私の行動、見返してみれば、危ないよな。反省する。やから、許してくれんね。」

「許してくれんねって、はい、そうですか。許しますなんて、そう行くと思いますか。」

徹は、この場から去るつもりでいた。こんな空気で、同じ空間にいる事は、もうできない。

そういわんと、か細く、小さな声が聞こえてくる。バックを抱き抱えたまま、徹の方に視線を送る。

「いや、無理です、荷物返してください。」

嫌だ、自分のバックに手を伸ばした徹に、奪われないように、抱き抱える腕に力を込める。正直、京一がとっている言動は、大人げないし、みっともない。大の男たちが、車の中で、荷物の取り合いをしている。京一の愛車、シルバーのホンダライフが、小刻みに揺れている。周りから見たら、警察に電話されても、仕方がない状況であった。


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