第16話 古代日本の息吹

「こっちを、選んで正解でしたね。」

出雲国庁跡を目にしていた徹が、そんな言葉を発していた。尾道から五時間かけて、島根県<松江>に着いた二人。時間が、とうに正午を過ぎていた為、観光する所を、<松江城>にするか、ここ<八雲立つ風土記の丘>にするか迷った。今二人がいる所は、古代出雲の国の中心だったとされる土地で、東西に約4K、南北に2Kにわたる広大な平地に、国指定史跡の岡田山古墳群や出雲国庁跡など、数多くの古墳や遺跡、史跡が点在していた。神魂神社。八重垣神社をはじめとする、古社も多く見られる。

「ほんまやなぁ。」

京一は、そんな言葉しか発せられないでいた。何もない平地に、太い丸太が刺さっているだけの場所。7世紀以降に確立した、律令体制下の役所の跡地。目中を立てる事で、往時の建物の配置をわかるようにしてあるらしい。見渡す限りの平地。目に見えるものでいえば、昨日までの<姫路><倉敷><尾道>の方が、数段記憶に残る。しかし、ここは二人に心に響くものを感じさせている。

古代日本と云えば、卑弥呼の邪馬台国ぐらいしか、思い浮かばない。京一は、それほど日本史が詳しいわけではないが、出雲の国と云えば、大国主神、国譲りの話ぐらいは知っている。簡単に解説すると、元々の日本という国の祖とされている、国造りの神と言われている通り、古代日本という国を造ったのが大国主神で、天照大神に、その国を譲ったというお話である。日本神話は、難しすぎて、よくわからないのであるが、出雲の国=大国主神ぐらいは、知識として持っている。

「本当に、こんな建物が建っていたんですかね。建っていたら、すごいですよね。」

目の前に広がる平原と、手にもつパンフレットと見比べながら、頭の中で妄想しているのであろう、古代の風景を眺めている。

「こんなこと言ったら、失礼やけど、ここが古代日本の中心やったんやな。」

長い長い時間と、歴史時代を経て、都というモノは移動し、姿を変えていく。この時代の日本は、大陸が近い、日本海側が栄えていたんだなと想像ができる。

ぽか~んと口を開けている徹に気付き、どないしたんと言葉をかけた。

「日本の中心と、どういう事?」

一瞬、徹の発した言葉が、理解できなかった。日本史に疎いとはいっても、出雲、邪馬台国、大和朝廷の大まかな、歴史の流れぐらいは知っているだろうと思う。

「徹君、それって、本気で言ってんじゃないやろ。」

「本気って…どうゆう事です。」

理解した。日本の歴史を、全く理解していない事を理解した。

「日本の中心というのは、都の事で、わかりやすく云うと、奈良に平城京、京都に平安京、鎌倉に移って、また京都、間は省いて、江戸、つまり東京、日本の都は、簡単な流れで云うと、こんな風に移動してきたんよ。わかる。」(それは、わかります)

「それがわかるんだったら、ここが、日本の中心だったのはわかるやろ。」

一瞬、徹の視線が、空に向く。しばらく、又、アホ面になり、わからんと呟いた。

「何が、わからんねん!」

思わず、ムキになり、言葉の質が強くなってしまう。

「ここ、島根でしょ。都とか、日本の中心なわけないでしょ。」

またまた、理解できなかった。少し、たじろぎ、言葉を失っていると、徹が言葉を続けた。

「奈良時代か,平安時代か、どっちでもいいや、その前の時代って、弥生時代でしょ。ようやく、集団で稲作を始めた時代に、国とか、都とかの概念は無いと思うんですよ。だって、稲作ですよ。竪穴式住居、ネズミ返しの時代ですよ。ありえないでしょ。」

ガックンという響きが聞こえてきそうになるほど、肩を落とした京一。徹は、根本的な事をわかっていない。古代日本とは、その稲作を始めた弥生時代の事を言う。

「徹君、弥生時代って、どれぐらい続いたと思う。」

「えっ、何です。急に…、徳川時代が、二百五十年やから、弥生時代も、それぐらいは続いたんかな。」

「紀元前十世紀から、紀元後三世紀の中期って、言われている。」

徹に、気づいてもらうため、活舌よく、ゆっくりと言葉を発した。視線を空に向けて、算盤を弾くような仕草をする。指の動きが止まったかと思うと、目を剥きだして、京一の事を凝視した。

「千三百年と半分…!」

「その時代の都の一つがここって事、わかりましたか、徹君。後は、俺も、詳しくないから、ネットで知らべろ。」

投げつけるような言葉の後、真面目にも、スマホを取り出し、出雲の国で調べ始める徹。京一は、目の前に広がる、南北二キロに渡る平地を、再度視線を向ける。何もない平地を見ているだけで、何とも言えない壮大感に襲われている。ふと、思う事がある。古代日本の予備知識もなかった徹が、この平原を目のあたりにして、自分と同じような感動を覚えた。この場所は、何も知らない人間にも、何かしらを感じさせるものが存在しているのだろうと思うと、自分にも徹にも、同じ日本人の血というモノが流れているんだなぁと思うと、一層、不思議なものを感じてしまう。

へぇー、そうなんや、などと、スマホを見ながら、声を上げている徹を無視して、この大地の息吹を肌で感じ取ろうと、目を閉じる京一であった。

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