第15話 尾道が舞台の映画

「夕べの尾道水道もいいけど、朝方のこの景色もいいですね。」

徹は、蒲団を畳みながら、しんみりとした口調で言葉にする。京一は、当たり前のように、湯呑みに、お茶を注いでいる。

「何か、忘れてしまったものが、ここには残っていますね。」

さっきまでの、口論が嘘のように、二人は穏やかな表情をしていた。徹も、尾道という町に魅了され、気分のいい朝を迎えていたのだ。

「…」

徹の言葉にも何も返さない京一。言葉などいらない。この<尾道>の風景の中、共有の時間を過ごした二人には、余計な言葉はいらない。

「徹君、熱いお茶。」

「すいません。」

何度も言うが、さっきまでの京一とは違い、心穏やかに、お茶を進める。お互いに向かい合い、窓から見える景色を眺めていた。二人は、尾道の宿で、お茶を啜りながら、穏やかな時間が流れていた。

尾道という土地に、すごい憧れを抱いていた京一は、この旅で、絶対立ち寄りたいと思っていた。完璧に、映画の影響である。この想いを徹に告げると、渋い顔をしたのを思い出す。尾道への想いを、熱弁する京一に根負けして、しぶしぶ了解したこともわかっていた。映画を見る事が好きで、尾道を舞台とした映画を見るうちに、この場所に行ってみたいという想い掻き立てられた。考えてみれば、なぜ、映画を見るようになったのだろう。テレビで放映されていた映画のビデオテープは、家にたくさんあったのは覚えている。確かに、テレビでも見ていたのだが、でっかいスクリーンの印象の方が強い。レンタルビデオ屋などない町で生まれ育った。映画を見るには、都城の古びた映画館に行くしかなかった。子供の頃、都城の町まで、車で三十分はかかる、電車でも、それぐらいはかかる距離。誰と行ったのだろう。まだ、小学生の自分では、絶対無理である。自然と、ある人物の顔が浮かんでくる。父親である。京一が、一番嫌う人物の顔が頭に浮かんできた。父親の軽トラの助手席に乗り、父親の横顔を見つめている子供を思い浮かべる。もちろん、その子供は、京一自身である。まだ、父親の事が好きで、父親の事をかっこいいと思っていた自分を思い出す。自分の映画好きは、父親の影響なのだろうと考え始めて、思考をシャットダウンした。拒否をする。この世で、一番憎んでいる父親なのである。頭を真っ白にして、尾道の風景に視線を向けた。尾道水道に、朝日が注がれ、海面に反射して、ゆらゆらと揺れている。とてもきれいだ。父親の事を考えまいとして、この二日間の事を思い返してみる。楽しかった。(転校生)男女の高校生が、重なり合い転げ落ちる御袖天満宮、千光寺公園山道にも行った。そして、漁港。(BUSU)で映し出された尾道水道をバックした風景も眺めた。(さびしんぼ)主人公が暮らす西願寺。尾道西高。急な石畳の階段。山門を登り霊場にも、徹と二人で登った。そして、尾道本通り商店街、狭い尾道水道を渡る渡し船、向島のミカン畑…当時の子供だった京一には、共感できないであろう一つ一つ。スクリーンから飛び出していた場面が、頭の中に浮かび上がってくる。役者が喋るセリフまでもが、聞こえてきた。尾道という土地の情景に触れても、本当に楽しかった。うれしかった。しかし、幼き頃の自分の記憶の隣には、一番大嫌いな父親がいた。不意に、徹の視線を向ける。徹は、京一が淹れた湯呑みを手にして、海面がきらきら光る、尾道水道を眺めていた。

「どうしたんですか。」

京一の視線に気づいたのか、視線を合わせ、そんな言葉を発する。京一は、表情を緩ませ、いや、とだけ答えた。

宿で朝食を食べた後、山陰の方へ行く予定である。つまり、瀬戸内海から、数時間後には日本海に変わっている。国道183号線を通り、314号線で島根県の<出雲>に行く。予定では、穴道湖の東、<松江>の温泉地で一泊して、<穴道湖北山県立自然公園>を通り、出雲市に入るつもりでいる。旅が五日も経てば、ある程度の下調べ。徹がナビゲーターとなっていた。

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