第14話 宿の朝
『クワぁ…』
温かい布団の中で目を覚ます京一。少し乱れた浴衣のまま、身体全体を伸ばす。尾道の宿。二人旅は、五日目の朝を迎えていた。<尾道水道>が見える小高い民宿の窓から、所狭しと並ぶ黒い瓦屋根の民家の数々。急な坂の多いこじんまりとした町。そんな空間に、多くの寺社、庭園、住宅が作られ、それらを結ぶ入り組んだ路地、坂道、箱庭的都市である。
「フぅー、気持ちエエワ。」
部屋の窓を開けて、朝の潮風を入れる。ひんやりとした冷たい風が、京一の頬に当たり流れていく。
戦災を逃れた町だけに、真新しさもなく、中世の町の雰囲気が、そのままに残っていた。この尾道で、二泊の宿をとり、昨日一日使い尾道を堪能した京一。所々に記憶に残る、映画のワンシーンと尾道の風景を重ね合わせ、土地の風土に触れていた。昨日の余韻が残る、実に、気分のいい朝を迎えていた。
「くう~ん、京一さん、早いですね。」
髪の毛と浴衣が乱れまくっている徹。尾道のひんやりとした潮風で、目を覚ましたのか、必死に、目を開こうとしている。
「徹君、起こしてしもうたか。」
京一は、静かに窓を閉めて、寝所を片付け始める。蒲団をたたみ、ちゃぶ台を出して、据え置きしてある電気コンロでお湯を沸かし始める。
「おぉ、いいですね。この景色。」
徹は、さっきまで京一が見ていた、尾道の朝の風景に目を向ける。急須にお茶のパックを入れ、湧いた熱いお湯を注ぐ京一。
「昨日一日かけて、尾道を回ってみてわかりました。京一さんが、ここに二泊しようと言ったわけがわかりました。正直、あまり乗り気ではなかったんですが、いいですね。ここは…」
「ホンマ、そう思っとる。無理してない。」
京一は、思わず、そんな言葉を発してしまう。脳裏に、二日前の出来事が浮かんでいた。
なんで、そんな事を…そんな言葉が漏れてしまう。すぐに、二日前の口論の事だと気が付く。
「本音ですよ。まだ、気にしているんですか、二日前の事。」
コクリと、頷いた京一に、視線を向けて、言葉を続けた。
「もう、忘れましょう。あっ、忘れたらダメか。とにかく、あの時も言いましたけど、意見があったら、その時に、ちゃぁんと言いますから、こんな感じになるのは、やめましょ。」
でも…京一は、さすがに、気になってしまう。自分の無神経さ加減で、徹を怒らしてしまった。どうしても、徹の言動が気になってしまう。
「でもじゃない!そんな調子だったら、本当に、離れますよ、俺。」
表情を、強張らせる京一に、思わず、噴き出してしまう徹。
「本当に、やめましょ。こんな調子だったら、楽しめないよ。さっきも、言ったけど、意見がある時は、その場で、ゆうから…」
徹は思う。田口京一という人間は、しっかりしているようで、本当は、天然ではないだろうか。出会ったばかりのイメージと、今、現在のイメージが全く違う事に気付く。そんな事を考えると、かわいげがある中年オヤジに見えてくるから、不思議なものである。
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