第4話 出発 故郷に向かう

自宅のマンションのドアに鍵を掛けて、小さいバックを持ち、エレベーターに向かう。幼稚園か、保育園に向かう母子達。赤、黒のランドセルを背負った子供達。うるさくも、賑わいのある声が耳に入ってくる。平日の朝の風景とは、こういったものなのだろう。大阪市内の会社に通っていた京一にとって、新鮮な日常の風景である。エレベーターに乗ると、ヘビーカーに赤ん坊を乗せて、黄色のカバンを肩から提げた子供連れの親子と、一緒になる。

おはようございます、母親らしき女性からの言葉に、思わず言葉を返した。その後、黄色い鞄を肩から下げた子供が、言葉になり切れない言葉を発し、大袈裟に頭を下げる。多分女の子だと思う。おはようと、気恥ずかしくも、いつもとは違う風景に戸惑ってしまう。

 五年前、マンションと同時期に購入したマイカー。ホンダ<LIFE>が京一の愛車である。まあ、愛車というほど、車というものに執着しているわけではない。<泉南市>という田舎に住むには、自動車というものが必要になってくる。必要に迫られて購入をしたのが、本音である。五年前、大阪市内に住んでいる時は完璧なペーパードライバーであった。買い物をする時は、必然的に車移動になってしまう。近くにコンビニ、スーパーはある。歩きの徒歩移動では、遠い距離、自転車移動に賄える距離ではあるのだが、大阪市内と違って、建物と建物の間に、空間がある。その空間が、距離感を鈍らせてしまう。建物と建物の間に隙間がない都会とは違い、同じ距離を歩いたとしても、同じ時間、歩を進めたとしても、疲労感が全く違う。瞳に映る風景が、感覚を鈍らせてしまうのだと思う。住宅地に、田畑が残る風景に、せかせかと歩く事をせず、ゆっくり目に歩くようにしているないかと、最近気づいた。目から入る情報が少なければ、少ない分、人間という生き物は、色んな妄想をしてしまうんじゃないか、そんな事と考えてしまう。

 とにかく、この愛車ホンダ<LIFE>で、九州は宮崎まで向かおうとしていた。一週間前に、<オイル交換><タイヤの空気圧>など、長距離運転に備えたチェックは終わらせている。まぁ、週一回の買い出し。一カ月に一回の日帰りの温泉にいく程度しか運転はしていない。五年間で二万キロしか走っていないのだから心配する事はないだろう。免許を取得してから、自動車を購入してから、初めての長距離ドライブである。念には念を押しておくことに、間違いはないはずである。

 “バタン!”

 「よし、行くか。」

 車内に、京一の声が、響いている。気合いを入れる。緊張している。独りでの行動なのだから、そう気負いしなくてもいいとは思うのであるが、身体に力が入ってしまう。荷物を後部座席に置いて、勢いよくドアを閉める。京一のそんな言葉の後、キーを回すのに力を込めた。快適なエンジン音とともに、車は走り出す。大阪臨海線、湾岸道路を走り、十七年振りの故郷、九州宮崎、都城に向かって京一の小さな旅が始まった。


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