第40話 きっかけ
二人して、遠くを見つめていると、佳織が急に、プっ!噴き出した。思い出し笑いという奴である。我関せずといった感じで、京一は、遠くを見つめていた。
「京一さん、覚えている。初めて、電話してきた時のこと…」
不意に、そんなことを口走った佳織に対して、視線を逸らさず、返事もしない。遠くを見つめる京一に視線を戻して、佳織は、会話を続けた。
「なんで、あんなに、喋たんやろね。出雲大社で、数時間いただけやのにね。今でも、不思議に思う事があるんよ。なんで、私やったんやろって…京一さんが、お父さんに会えないからって、電話してきたのが、なんで、私なんやろうって、思う時がある。」
ちゃうで…京一が、遠くを見つめたまま、こんな言葉を返してきた。佳織の視界には、振り向いた京一の顔が、ガーンと映し出された。
「メールが来たんや、樋口さんから…」
えっ!驚いている佳織の表情を見つめている京一は、又、佳織の言葉を否定する。
「それに、私が父親に会えないという事を話したのは、二回目の電話で、一回目は、ほぼ、樋口さんの愚痴。」
「えッ、そうなん。そうだったけ…」
「厳密には、樋口さんの愚痴が九割で、父親の話になって、私がキレた…」
佳織は、思い違いをしていた。記憶を深く辿ってみると、自分から、メールをしたんだと、思い出す。それに、京一の言う通り、ビールを飲みながら、私が一方的に、喋っていた事を思い出す。
思い出した。そんな言葉を口にしながら、笑みを浮かべる京一に対して、表情が沈んでいく。
「自分から、電話をしたのは、ずいぶん経ってからやな。突然の電話に、樋口さん、随分と怒ってた。」
京一の口から語られる言葉で、次々と、色んな事が思い出されていく。語られる言葉で、どんどん気分が沈んでいった。間違いなく、身内の事で、何かあったのだろうと、京一を励まそうとしていた自分が恥ずかしくなったのである。そして、佳織の視線が下がり、ウッドデッキの床を見つめる事になる。
「樋口さん、ありがとうな。気を使ってもらって…」
唐突に、聞こえてきた京一の言葉に、視線が戻る。佳織に、瞳に映ったのは、京一の笑みであった。
「ホンマ、あかんな。身内の事になると、つい、態度に出てしまう。もう四十になるのに、あかんたれやな。」
そんな言葉を言い終えて、京一は、又、笑みを浮かべた。そんな京一の表情を眺めていたら、佳織も素直になる。回りくどく会話をする事は、性に合わない。
「で、京一さん、なんかあったん。話、聞くよ。」
佳織も、そんな言葉を口にして、笑みを浮かべていた。お互いに、見つめ合うような形になって、どちらからともなく、噴き出す二人。田植えが行われる田園風景の中、京一は、佳織に愚痴った。今朝、突然母親が訪ねてきたことを、身を乗り出して愚痴った。いつもは、佳織のマシンガントークの、聞き役に徹する京一が、今は、逆転している。一方的に言葉を佳織にぶつけている間、京一は思う。こんな話を出来るのは、佳織ぐらいしかいない。身近で言えば、徹には、まずできないであろう。仕事仲間、会社の上司は、論外である。なんで、佳織にはできるのだろうと、考えそうになると、そこで思考を止めた。佳織との距離が、これくらいが、心地よいからである。
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