第28話 夜空、星空、圭織との会話
二時間半かけて、高崎町に戻った京一。時計の短針は、すでに、深夜0時を回っている。適当な場所を見つけて車を止める。頭の中にアドレナリンが大量に分泌しているのか、目が冴えている。ライトを消すと、怖くなるほどの暗闇の世界。徐々に、目が慣れてくると、周りの風景が、ぼんやりと見えてくる。
“バタン!”
京一は、何を思ったか、外に出てしまう。身震いするほどではないが、三月の冷たい夜風が、身体を覆う。
「あぁ、さぶ~!きれいだ。」
車のボンネットに、軽く腰を下ろし、満天の星空に視線を向ける。十七振りの帰郷、故郷の星空。
「いつ振りやろな。夜空を見上げるなんて…。」
そんな言葉を呟くと、ボンネットに身体全体を預けた。エンジンの振動が、身体に伝わる。そんな事が気にならないほど、夢中になれる田舎の星の輝き。京一は、頭を真っ白になったまま、しばらく、星の輝きを見つめていた。
しばらく、満天の星空を眺めていると、携帯のメール受信の音が鳴った。こんな時間に…になんて、思いながら、ポケットに手を突っ込んだ。折りたたみ式の携帯を開いてみると、メール受信が一件の表示。何気なく開いてみると、送り主は、佳織であった。
“電話していい?〟という言葉。断る理由もなく、”いいよ“と返す。何日か前の、夜の事を思い出す。しばらくすると、電話の呼び出し音が鳴った。
「京一さん。」(うん、そうやで…)
「今、何しとったん…」(田舎の星空、見とった)
「ふ~ん、そうなんや。キレイ…」(ああ、きれいやで)
「で、どうしたん。急に…」
「ふ~ん、さっきな、徹君に、連絡したら、もう実家におるって言っていたから…」
ある程度の事は、徹から、聞いているのだろうと、察した京一。佳織は、言葉を濁しながら、会話を続ける。
「こんな時間に、悪いと思ったんやけど…どうかなぁと、思って…」
「心配してくれたんや。」
「まぁ、一応、友達やし…」
佳織の口から、友達という言葉が発せられたことを新鮮に思う。とても、照れ臭く感じる。
「ありがとうな…やっぱり寒いわ、中に入ろ。」
春先とはいっても、夜中である。冷たい風が、京一の体温を奪っていく。
「寒いの、九州の南なのに…」
「まあ、この辺は、盆地やからな。まだ、この時期は…」
「へぇ~、盆地って、冷え込むんだ…」
「えっ、盆地気候やから…君、小学校の先生やんなぁ。」
少し、面食らってしまう。京一の中では、盆地=夏は酷暑、冬は酷寒と、頭の中にインプットされている。
「ちょっと、まってや。先生やかって、何でも知っているわけではないで…それに、どこも、冬場は寒いものやろ。」
まぁ、佳織の言う言葉に偽りはない。
「そういう事をいっているわけではなく、盆地気候の事を言っているんや。盆地という地形で、気温の変化が大きく違ってくるという事を言っているんですけど…」
「ちょっと、言っている意味が…」
どこかの漫才師みたいな返しをしてくる佳織。
「うん、じゃあ、京都もそうやろ。よく、夏は酷暑、冬は酷寒って、ゆうやろ。それに、清少納言の枕草子にも、京都の気候の事を、(冬はいみじう寒き、夏は世に知らず暑さ)って詠われているやろ。」
「京都も、盆地なの。」
ウっ…ぐうの音も出ないとは、こんな状態の事を云うのだと、京一は実感する。佳織が言う通り、教師という職業に就いているからといって、何でも知っているわけではないと思うし、自分の中で、得意分野はあると思う。この問題に関しては、一般教養の範囲内ではないか。京都という土地は、京都盆地にあり、夏はとても暑いのは常識だし、冬の底冷えという言葉も、有名である。そして、関西地方に住む人間にとって、京都と云う都市は、有名である。その予備知識ぐらいは、少なくても知っていなければいけないような気がする。
「もう、いいわ、この話はよそう。何か、話でもあるん。」
京一は、諦めた。これ以上、盆地気候について、話をしていても、しゃあないと感じとった。
「うん、色々徹君と喋っててん、友達として、言わしてもらえれば、会った方がええと思うよ。」
父親の事である。徹とどんな内容の話をしたのか、想像できた。
「私が言っても、しゃあない事やけど…この前、父親の話をしたら、京一、切れたやん。」
キレてはいない。それに、(京一)って、呼び捨てかい。そんな事を思うが、口にはしない。
「徹君と、話して、そんな事情があったんやって、あの時、軽々しく話してもうて…反省しています。」
ペコリ、電話の向こうで、頭を下げる音が、聞こえた気がした。それでも、マシンガンのようなトーク力は健在で、話は続く。
「私な、思ったねん。一様、教師という仕事をしているやん。父親に、会わないというか、会いたくない気持ちは、わかるんやけど、それって、京一のわがままじゃないかって、そう思ったんよ。」
今度は、素で(京一)と、呼び捨てる。それに、わがままとは、何や!と、そう思うが、言葉を挟む余地もなく、喋り続ける佳織。
「京一が、言いたい事はわかるような気がする。わがままって、何やねんって、言いたいんやろうけど、どう考えても、わがままとしか言い様がないねん。例えば、子供同士が喧嘩をします。どうして、喧嘩になったのか、それぞれの子供に聞くと、高い確率で、ムカついたとか、こいつが先に叩いたからやとか、そうゆう理由になるねんな。それと一緒のような気がするんよ。会いたくないから会わない。顔を合わせたくないから、会わない。確かに、それが理由だろうけど、それは、理由になっていないような気がするねん。京一は、会いたいから、今回、帰郷したんやん。こじつける様に、今回の帰郷の理由を言いたいのだろうけど、絶対の父親の顔が浮かんだから、帰郷しようと思ったはずなのよ。この根本的な理由を、ぼやかし続けるのは、自分のわがままそのものだと、私は思うねん。だから、絶対、絶対、会わな、会わなあかんのよ。」
「これを言いたかったわけや。」
長々と、自分の思いを言葉にした佳織に向かって、こんな言葉を返した。
そうやで…と、佳織の言葉を聞いた京一の中で、スイッチが入った。佳織の言葉に対する反論ではないが、言葉を並べた。
「まず、佳織いや、自分な、目上の人に対して、呼び捨ては、どうなんよ。そして、今、お前が、父親に会えない私の気持ちがわかると言った。どうわかるねん。人の気持ちなんて、わかりようがないと思う。私自身、抱えている本音というモノがわからないのに、お前なんかに、わかるわけがない。それに、会わないのは、私のわがままだぁ。そして、子供の喧嘩の例え、わかりやすそうにゆうてたけど、ほんま、ちょっと、言っている意味が分かりませんだ。」
言葉をまくしたてた。長い佳織の言葉を、黙って聞いていた反動が、こんな形になった。
…佳織から、言葉が返ってこない状態で、京一は、深呼吸をして、言葉を続けた。
「でも、佳織さん、ありがとうやで、心配してくれたんやから、こんな事、言ってくれるんやな。ありがとう。」
ゆっくりとした口調で、噛み締める様に言葉にした。京一は、自分が口にした言葉通りの気持ちだった。佳織が、長々と言葉にした内容は、当たらずとも、遠からずである。わがままの件は、感心する。そのまま、受けいれるのも、癪だから、毒を吐いてみた。
「…、何な、この起伏の激しさは…」
「ごめんな。何か、毒吐きたくなってしもうたんよ。でも、うれしいよ。佳織さんの声が聞けて…何か、すっきりしたというか、この夜空みたいに、何も考えずに、ありのままの自分でいおうと思えた。ほんま、おおきに…」
自分の体重を、シート全体に預けると、フロントガラス越しに、各々に輝く、星たちが、真っ黒な夜空のキャンパスに、浮かび上がっている。
「今私も、空見上げている。」
言葉通りに、佳織は、ベランダに出ていた。佳織が瞳に映る夜空は、真っ黒で、数えられるほどしか、星は浮かび上がっていない。
「私も、見たいな。キレイな夜空…」
ええやろ。照れを隠すように、こんな言葉を発する。そして、京一は思う。ここに住んでいた時は、こうやって、星を見上げてることはあったと思う。間違いなく、今より、この星たちは輝いていたはずなのに、今、抱いている感情は、溢れてこなかった。色んな経験を経て、改めて、生まれ育った土地の夜空を見上げると、星達が降ってきそうな星空に、感動をしている。
「ええなぁ、私、今から、そっちに行こうかな。」
「来るか、一緒に、この星空、見ようや。」
その後、二人は、押し黙ってしまう。佳織は、次の言葉を発してしまったら、行動に移してしまいそうで、京一は、佳織に会いたくなる気持ちを抑えようと、押し黙る。そして、お互いに、電話を切った。しばらくして、佳織から、一通のメールが来る。
“頑張りや、絶対、会う事!“
そんなメールに、含み笑いをしてしまう。自然と、気持ちが落ち着いてきた。全身の体重を、シート全体に掛け、深く、目を閉じた。何も考えないように、深く、深く、目を閉じた。
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