第31話 いきなり、五年後!

 ただいま、そして…おかえりの続編です。京一と徹、そして、圭織を交えた物語になっています。京一の日常、たわいのない日常を描いています。よかったら、読んでみてください。


ここは、小高い丘になっている。周りが田んぼで、丈の低い苗水が浸っている状況であった。どちらを正面と言っていいのかわからないが、大阪湾が見通せる場所に、築四十年のこの家が建っていた。海が見渡せる側に、地元民が利用する道路を挟んで、線路が走っている。その先の区画は、埋め立て地であるらしい。らしいと云うのは、私がこの土地で、生まれ育っていないので、埋め立て地であるこの景色しか知らないからである。その昔、三メートルぐらいの堤防が、横一線に張り巡らされ、大阪府、唯一の自然の海水浴場があったと云う。現在は、その埋め立てられた区画に、工場や福祉施設、病院や一戸建て住居群、ショッピングモールが立ち並ぶこの田舎町には、似合わない垢ぬけた街になっている。海を挟んで、関西国際空港が位置する土地。私は、そんな整備された街の向こうの側のさらに先、淡路島を、ウッドチェアーに、身体を沈めて眺めていた。

一年ほど前、いや、この町に引っ越してきた十年前から、ずっと気にはなっていたかもしれない。小高い丘に上に、ぼっつんと建ち、築三十年以上は経っているであろうこの家の事を…人が住んでいる気配はなかった。五十坪ぐらい土地に、二階建ての角ばった鉄筋コンクリートの建物である。一昔は、モダンであっただろうデザイン。不思議と周りは、農耕地で、本当にぽつんと立つ一軒家であった。埋立地にあるショッピングモールに買い物に出かける時、郵便局に出向くとき、この空き家の前の道を通り、スピードを緩め、下から眺めていた。そういえば、今の会社に入りたての頃、食費を浮かすために、昼食時は、マンションに帰って、家飯をしていた時も、よく通っていた。今となっては、その頃から気になり、購入を考えていたのかもしれない。

 一年前、知り合い経由で、持ち主が判明する。駄目もとで、その持ち主に連絡を取ってみる。数回の交渉の末、格安で、この家を譲ってもらえることになった。

 「何、たそがれてんの。あれ、徹君は…」

 作りかけのウッドデッキで、デッキチェアに身体を沈めている私に、そんな言葉をかけてくる女性。振り向かず、私は、言葉を発した。

 「昨日まで、十時までの残業が続いていたから、まだ、布団の中やろ。」

 「そうなん。でも、京一さんは…」

 「私は、今は、営業部やからな…」

 京一は、振り向かず、言葉を返した女性の名前は、樋口佳織と云って、近くの小学校で、教員をしている。

 「そうなんや。みんなで食べようと思って、弁当作って来たのに…」

 「徹は、今日は、無理かもな。まあ、焦らんでも、今日から、連休やから、ボチボチやるわ。」

 季節は、四月の終盤、大型連休のゴールデンウィークに入っていた。あと数日で、五月、旧暦では皐月(さつき)と呼ばれていた。さつきと云う呼び名、響きを気に入っている。そういえば、小学校時代、さつきという名の女の子がいた。ショートヘアーで、日に焼けた活発な女の子で、確か、少年野球をやっていたんじゃなかったのか。後、某有名アニメ監督、怪獣いや、物の怪、妖精と云った方がいいのだろうか。羽根のはやした小さな小さな女の子のイメージではない。どちらかと言えば、物の怪の類だと考える。まっくろくろすけや、猫バスが出てくるあの有名アニメ作品に出てくる姉妹の姉の方が、さつきという名前だった。

「あっ!」京一は、思わず声を上げる。さつきとメイという言葉が、頭に浮かび、トウモロコシを抱いて畑のあぜ道を走っていた姉妹の妹の方の名前が、メイであった。英語で五月は、メイ!

『さつきとメイ…だからかぁ…』

真実はどうかわからないが、京一は納得の表情を浮かべる。何十年越しで、気づいた真実。京一は、自慢げに、視線を海の方に向けた。

田口京一は、五年前,転職をしている。三十五歳の時、高校卒業をして、入社した大阪市内の会社から、リストラされた。まぁ、肩たたきである。営業一本で、会社の貢献度も、かなり高いと自負していた。真面目に働き、業績もそれなりに挙げていたつもりである。どんな理由で、リストラされたのかは、今になってはわからない。しかし、京一とっては、(まさか)の人事であった。そして、京一の真面目に仕事ぶりもあって、この地元の今の会社に再就職する事が出来た。

京一が、現在勤める会社の忙しさも、一段落と云ったところである。繁忙期が、三月、四月、五月となる。三月は年度末決算受注。四月は、マッサージ店やエステ店の開業に向けて、それプラス、ゴールデンウィークによる大型休暇の前の受注。五月は、その他の理由である。この三か月は、早くて九時帰宅の日々が続く。まぁ、受注生産の会社であるから、忙しい時期があって当たり前なのであるが…

佳織が言った(徹君)は、向井徹と云って、今、京一と同居している。なぜ、この徹と同居するいきさつも、五年前になる。追々、その理由はわかってくると思うので、話を進める。

 「じゃあ、飲む。今日は、ゴールデンウィーク、初日という事で、飲んじゃおう。」

 「あほ、まだも日も高いし、今日は、ここを形付けたいんや。」

京一は、その場に立ち上がり、片足でウッドデッキを大きく踏みしめ、鳴らした。佳織の表情が沈む。この二人の共通点は、酒飲みだという事である。昼間から飲む酒はうまいすぎるほどうまい。だから、呑んでしまうのであるが、悲しいかな、悪酔いしてしまう。ここで飲んでしまうと、ずるずる休みが消化され、作業が進まないような気がしている京一は、がっくんと肩を落とし、沈む佳織を置いて、作業をとりかかる。青葉が茂み始める春も中盤。田んぼには、苗が植え始める季節。過ごしやすい気候の中、京一は、ウッドデッキ製作に勤しんでいる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る