第12話 幼女、方針を決める

   ◆◆◆



「はぁ、なるほど。では誤解は解けたのですね」

「まあな」



 オコロの町に戻ってきた俺たちは、診療所の中で事の顛末を説明した。

 部屋にいるのは、俺とリシダとセリカのみ。あとの憲兵団は、異常なしということで帰って行った。

 まあ、あんな事真剣勝負があったのに『異常なし』は明らかにおかしいが、鶴の一声ならぬ総隊長の一声で有無を言わせなかった。セリカが総隊長で助かったよ、本当に。



「で……どうしてレビアン様は抱っこされてるんですか?」

「俺が聞きたい」



 抱っこは許可したが、まさかずっと抱きかかえられるとは思っていなかった。異様な腕力で離せないし……こんなところで、修行の成果を出さないでほしい。



「まずは今後の話をしよう。セリカ、放せ」

「えぇ、もうちょっと……」

「放しなさい」

「ちぇっ」



 不満げなセリカから解放され、椅子に座る。

 出された熱いお茶をすすり、一息ついてから口を開いた。



「もうしばらくオコロの町に滞在した後、次の町へ移ろうと考えている」

「どこへ向かわれるのですか、お師匠様」

「うむ。──魔法の聖地、アガードだ」



 魔法。うつつの理を超越した、神の御業。

 この世界に住む生物には、多かれ少なかれ魔力が宿っている。魔力を媒体にし、魔法体系や術理を突き詰めて発現させる奇跡の術を、魔法と呼ぶ。

 習得するには才能とセンスが必要で、それだけに難しく、様々な魔法を使える人間は数千人に1人と言われている。

 俺たちに馴染みのあるものと言ったら、ハロルゼンのように物を浮かばせたり、引き寄せたりするのが関の山だ。


 ここから北へ三つの山を越えた先にある、聖地アガード。そこには、現存する魔法の全てが集まっているらしい。

 道中は過酷な環境や、強力な魔物が数多く生息し、生半可な者では近付くことさえ許されない。

 訪れたのは、過去に1度だけ。煌びやかで華々しい奇跡の数々は、今でも鮮明に覚えていた。



「俺の病気は、世界でも珍しいもの。しかもそれが2つも併発している。病原体の研究や、薬の開発を加味しても数年……下手したら十数年は掛かるだろう。そこで、医学だけではなく魔法にも頼ろうと思ってな」

「なるほど。現代医学には限界がありますが、魔法なら治す術はあるかもしれませんね」



 リシダの言う通りだ。本当に病気を治す魔法があるのかはわからぬが、可能性があるなら縋りたくなるのが人間だ。

 俺とリシダが盛り上がっていると、セリカが「あの」と手を挙げた。



「お師匠様。もし手伝いが必要でしたら、憲兵団に魔法を使える人間がいるので、派遣致しましょうか?」

「良いのか? 憲兵団は、仕事が忙しいだろう」

「大丈夫です。他の者に押し付けます」



 それは大丈夫とは言わないのでは?



「セリカがそう言うのであれば、是非もないが……」

「では、後日こちらに派遣致しますね。今は別の町にいますので、早くとも10日後になります」

「助かる。ありがとう」



 数十年前に聖地アガードへ向かった時は、過酷な環境で何度か死にかけた。魔法の援助があるなら、越したことはない。



「なら、10日間はゆっくりさせてもらおう。セリカ、時間がある時は立ち寄れ。稽古を付けてやろう」

「本当ですか!? なら今日からでも!」

「仕事は?」

「大丈夫ですっ、副総長に押し付けます!」



 だから、それは大丈夫とは言わないのでは?






 久方振りにセリカと剣を交え、一汗かいた日の夜。今日も今日とて大浴場で英気を養っている。……が。



「おい。何故お前もいる」

「まあまあ、良いではないですか。たまには師弟水入らずも」



 たまには、て……ここが風呂場とわかって言っているのか。お互い裸だぞ、裸。

 しかもまあ、こんなに育ちおって……目のやり場に困るのだが。



「それにしても……お師匠様、本当に女の子なんですねぇ」

「ジロジロ見るな。見ても楽しいものではないぞ、こんな貧相な」

「何を言いますやら。私には需要大有りです。むしろ有り」

「……よくわからぬ」

「お師匠様はわからなくてもいいのです。私の問題ですから」



 そ、そうか。そういうものなのか……最近の若者の考えはよくわからん。

 セリカはぐぐーっと背中を伸ばすと、満足そうな顔で力を抜いた。



「はぁ……久しぶりに思い切り剣が振れて、スッキリしました」

「む? 振れていないのか?」

「お恥ずかしながら、総隊長は実務より書類業務の方が多くて。時間を見つけては素振りをしているのですが」

「うむ。実戦でしか磨けぬ力というものもあるからな。だが、憲兵団の頂点まで登り詰めた努力は、誇っても良いと思うぞ。よく頑張ったな」

「えへへ。お師匠様に褒められた」



 褒められて嬉しいのか、セリカは少女のような笑みで擦り寄ってきた。そう言えば、昔から褒められるのが好きな子だったな。

 ……まあ、その……擦り寄るのはやめてほしい。見た目は幼女だが、中身は男なのだぞ。色々当たって気が気じゃない。

 が、これを押し退けるほど俺も鬼ではない。少し、やりたいようにさせてやろう。

 目を閉じて雑念を払い、お湯に体を預ける。

 その時、セリカが何かを思いついたようにはっと息を飲んだ。



「そうだ、お師匠様! お背中お流しします!」

「は?」



 いきなり何を言っているのだ、この莫迦弟子は。



「嫌に決まってるだろう」

「よいではないですか! 私、成長してからお師匠様の弟子になったので、共に湯に浸かる機会もなく……お師匠様の背中を流すのを、ずっと夢見てきたんです!」



 どんな夢だ、それは。



「俺たちは師弟の前に、男と女だぞ。しかも俺は老人。お前はまだうら若き女だ。共に湯に浸かるのもはばかられるのに、背など……」

「今は女と女です。それに私、お師匠様になら見られても構いません」



 構え。構ってくれ。──お、そうだ。



「なら、この10日間のうちで俺に一太刀でも与えられたら、背を流させてやろう」

「本当ですか!? 俄然燃えてきました!」



 まあ、これくらいの褒美はな。

 もちろん、ただでやられる俺ではないが、これくらいの緊張感があった方が良いだろう。

 だからセリカよ。嬉しいのはわかったから、風呂場で飛び跳ねるな。

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