その剣は誰がために
第35話 幼女、遭難す
「ふーむ。まずいな」
見渡す限りの白、白、白。振り返るも、来た道もわからぬ。
匂い……も、無意味だな。風で全てが流されてしまっている。
唯一の救いは、隣にサターナがいることか。白に閉ざされた世界で、独りは心細いからな。
それにこれも役に立っている。虚ろ霊の衣で作られた外套がなければ、今頃凍死だ。
たなびく外套を手繰り寄せ、隣を歩くサターナに目を向ける。しかしサターナは寒さに弱いらしく、外套の下で鼻水を垂らしていた。
「あばばばばばば」
「だらしがないぞ。しゃんとせい、サターナ」
「わわわわわ私は森で陽の光と共に生きるエルフ。さささささ寒さに耐性がない」
「やれやれ。魔法で寒さは防げぬのか?」
「おおおおお覚えてない。そ。それに寒さを防ぐ魔法は、炎系統の魔法。かかか風系統を使う私では使えない」
なるほど、魔法にもいろいろあるのだな。
「なら、吹雪が去るまで避難せねばな。サターナ、着いてこい」
赤い布で互いの手首を巻き付け、先頭を歩く。
随時振り返り確認するが、サターナは身を震わせながらも付いてきていた。
「もう少しだ。確かこの付近に……お、あったぞ」
「なななな何? 何があるの?」
「ここだ」
巨木の下。そこに、大の大人が入っても問題ないほど巨大な穴が空いている。
ここを訪れるのも数十年ぶりだが、まだ残っているのか。助かった。
穴に足を踏み入れると、雪と風を防げ、地中の暖かさが篭っていた。ここなら問題なく吹雪を越せるだろう。
もう少し奥に進むと、暗闇の代わりに吹雪から身を守れた。若干の獣臭さが残っているのは、目を瞑ろう。恐らく、獣人化の影響だろうな。
「レビアン、ここは?」
「魔獣の
魔獣の塒は、他の獣を寄せ付けない。寄り付くのは、住処にしている魔獣より強い魔獣のみだ。
見渡すが、あの時から変わっていない。死してなお誰も近付いていないようだ。
とにかく火を熾さねば。雪と風は防げるとはいえ、完全に寒さを防げるわけではないからな。
鞄の中から、魔樹木の枝と火の魔石を取り出す。
魔樹木とは、魔力を吸収して育った樹木のことだ。堅くしなやかで火も着きにくいが、一度火が着いたら一週間は燃え続ける。こういう旅には必須のものだ。
魔樹木の枝を地面に置き、その上に火の魔石を置く。
「サターナ、魔石に魔力を」
「わかった」
サターナが火の魔石に手をかざすと、赤い光が灯り……次の瞬間、臙脂色の炎が灯り、魔樹木の枝が燃え始めた。
この世には様々な魔石がある。魔力を流すだけで火を熾したり、水を出したり、凍らせたり、風を吹かせたり。もちろん通常の魔法の方が威力も利便性もあるが、こうした旅路では重宝される代物だ。小さい分、数や種類を運べるからな。
熾した火の前に屈み、サターナは手を焚き火に当てた。
「生き返る……」
「確かに寒いが、そこまでか?」
「獣人のあなたにはわからない」
あ、そうか。俺は今獣人。しかも寒さに強い、狼の獣人だ。確かに寒いが、身を震わすほどという訳ではない。
なるほど、これは思わぬ収穫だ。……いや、よそう。俺は元の体に戻るために聖地アガードへ向かうのだから、この体のいい所を探してどうする。
頭を振って邪念を消し、外套を脱いで焚き火の前に座った。
焚き火の炎で、影が揺らぐ。が、それとは違い、別のものが揺れているのが目の端に映った。
「む? ……この莫迦尻尾め。少しは大人しくせんか」
俺の意思とは関係なく揺れるのがタチが悪い。しかも、これが感情を表に出すだと? 莫迦莫迦しい。
尻尾を掴み、抱きかかえる。ふふふ、これで動けまい。
が、それを羨ましそに見ている者が1人。
「もふもふ尻尾、いいな」
「……使うか?」
「いいの?」
外套で自身の体を包み、体を震わせながら首を傾げるサターナ。
こんな姿を見せられて、使うなという方が無理だ。
「寒いのだろう。この尻尾程度でいいのであれば、抱き枕なり暖を取るなり好きにせい」
「助かるよ、ありがとう」
相当寒かったのか、にべもなく抱き着いてきた──その時だった。
「んっ……!」
「? 痛かった?」
「だ、大丈夫。突然抱き着いてきたから驚いただけだ」
「そう。なら、優しく抱く」
有言実行。今度は優しく、ふわふわを堪能するように抱き締めてきた。
おっ、落ち着け、俺。この程度の撫でで、心を乱すな……!
「レビアンの尻尾、ふわふわもふもふ。それに、いい匂い」
「んぁっ……!」
匂いを嗅ぐでない、莫迦者ッ……! あ、ちょっ、ゃめっ……!
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