第36話 幼女、本能に負ける

「……結局、一睡も出来ず、か」



 何度か微睡んだが、サターナが寝ぼけて尻尾を愛撫してくるから、その度に反応してしまい眠れず。

 なんとか引き剥がそうとするが、サターナが気持ちよさそうに寝ているから、心が痛んでしまって出来なかった。おかげで寝不足だ。

 今も熟睡しているサターナを横目に、外へ目を向ける。

 まだ雪は降っているが、昨日のように風が吹いている訳ではない。進もうと思えば進めると思うが、油断をすれば死んでしまうのが雪の山だ。もう暫く、ここで待つのが吉だな。



「……ん……? れびあん……?」

「おはよう、サターナ」



 ようやく、サターナも起きたか。やれやれ、人の気も知らないでよう寝おって。

 寝起きで寝惚けているのか、半目で俺を見つめてくる。



「起きたのなら、いい加減離してくれると助かるのだが」

「…………(もふもふ)」

「もふもふするな」

「…………(なでなで)」

「ひゃぅっ!? なっ、撫でるなっ」

「…………(くんかくんかすーはーすーはー)」

「嗅ぐなーーーー!!」



 今度こそ躊躇なく引き剥がすと、ひっくり返って不満そうな顔をされた。何故俺がそんな顔を向けられなければならんのだ。

 自身の尻尾を抱き締めて保護する。やれやれ、毛並みがぐしゃぐしゃだ。梳かさねば。

 かばんに詰めていた櫛を取り出し、毛並みに沿って梳く。

 と、サターナが焚き火に当たりながら、不思議そうに首を傾げた。



「意外。身嗜みとか整えるんだ」

「双子姉妹や、宿の女将殿に言われてな。最初は面倒だったが、やってみると楽しいもんだ」



 自身の身についているものを磨くのは、昔からやっていたからな。剣の手入れや、肉体の修練、練気の修行……それと似たものを感じる。

 艶の戻った尻尾に満足し、ついでに髪も梳かす。長い髪は旅に邪魔だが、この髪も双子姉妹のお気に入りだ。無下にはできん。



「ふーん……なんか、女の子だね」

「言うな」



 自分でもわかってる。こんなこと、前の俺では絶対やらなかった。

 肉体が変化したことで、精神まで引っ張られてるのか……? 早く元の体に戻りたいものだ。


 尻尾と髪を整えて、虚ろ霊の外套を纏い外に出る。

 雪は弱まっているが、雲はまだまだ厚いな。移動するには早すぎるか。

 サターナの元に戻ると、暖を取りながら干した果物をかじっていた。



「レビアン、いつ出発する?」

「暫く様子見だな。雪解けの気配がするまで、ここで待つ」

「ふーん。5年くらいかな」

「長すぎるわ」



 さすがにそんなには待てん。

 この辺の気候は変わりやすいから、早かったら3日。長くとも1週間で吹雪は去るだろう。それまでの辛抱だ。



「じゃあ、私は寝てるね。雪解けが来たら起こして」

「あ、おい」



 外套に身を包み、横になってしまった。まあ、無理やり起こしたところで進めないのだし、良いか。体力の温存も大切だからな。

 俺も座り、焚き火を見つめつつ体を温め、外の音を聞く。

 雪の降る音に混じる、獣の息遣いと足音を感じる。

 聴覚だけに意識を向ければ、こちらを狙う敵意に注意しなくても良いな。獣人化した時はどうなることかと思ったが、なかなか使える能力が多い……む?


 ──タンッ、さくっ……タンッ、さくっ……。


 何かがジャンプして移動している音が聞こえるが……これはなんだ?


 ──タンッ、さくっ……タンッ、さくっ……。



「…………」



 何故だろうか。この音を聞いていると、俺の中にある何かが刺激される。

 捕らえろと……狩れと、本能が囁く。

 むずむず、むずむず。



「レビアン、何してるの?」

「……サターナ、いつから起きてた?」



 外の獲物に気を取られて、サターナが起きていることに気づかないとは……不覚。



「今。で、何してるの?」

「……なんの事だ」

「四つん這いになってお尻ふりふりしてるけど」

「ッ!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クールな剣聖、奇病『TS獣人化』で感情がダダ漏れになった件 赤金武蔵 @Akagane_Musashi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ