第34話 幼女、出立す

   ◆◆◆



「さて、そろそろ旅立つとするかの」



 キメラ事件から約10日。随分掛かったが、虚ろ霊の羽衣で作られた外套も手に入った。北部の山を越えるだけの準備もできたことだしな。

 町の憲兵たちも、セリカとレオナルド殿に鍛えられて顔つきが変わっている。次、オコロの町に危機が来ても、自分たちの力で対処できるだろう。

 荷物を担ぐと、俺の部屋で瞑想をしていたセリカが立ち上がった。



「もう行ってしまわれるのですか、お師匠様」

「ああ。急ぐ旅ではないが、道のりは長いからな」

「…………」



 やれやれ。何をそんなに淋しそうな顔をしておるのだ。俺の弟子なら、もう少し感情を隠せ。

 セリカの頭を撫でると、頬を染めて嬉しそうに目を細めた。



「結局この10日間で、お前は俺に一太刀も入れることは叶わなかったが、鈍った剣が随分と矯正された。これなら、総隊長としても申し分ない」

「くっ……次会う時はもっと強くなって、必ずお背中をお流ししますっ」

「期待せず待っている」



 部屋を出て階下に向かうと、女将殿が馴染みの常連と楽しそうに話し込んでいた。



「あら? レビアンちゃん。今日出発?」

「ああ。女将殿、世話になった」



 鍵を渡すと、淋しそうな顔で笑う女将殿。



「そう……またこの町に来た時は、うちに寄っていきなよ。歓迎するからさ」

「うむ、そうさせてもらう。ではな」



 女将殿に挨拶をし、宿を出て町の出入口に向かう。

 道中、出発を察した町の住民が次々に声を掛けて来たが、軽く一言だけ交わして進んでいく。



「相変わらずお師匠様は、皆から慕われていますね。昔から変わりません」

「そうか? 昔はもっと、尊敬の念もあったが」

「お姿が似ても似つきませんから。威厳あるお姿も、今は獣人の幼女。尊敬より、可愛いが先行するんですよ」

「それを治すために、今から旅立つのだ」

「ふふ。違いありません」



 この姿にも慣れたが、やはり元の体の方がしっくりくる。剣技を極めた、あの肉体が。

 たとえ、この肉体の方が若く、獣人として寿命が長かろうと、俺は人間として死にたいのだ。

 と、その時。後ろから聞きなれた足音が近づいてくるのを聞き取った。

 立ち止まり、振り返る。そこには、満面の笑顔で走ってくる双子姉妹がいた。



「「おねーちゃんっ!」」

「おっと」



 飛びついてきた2人を優しく抱き留める。

 そうか。この町から去るということは、この2人とも別れの時か。さすがに、この子たちには世話になったからな……少々、淋しい気持ちはある。



「お姉ちゃん、行っちゃうの?」

「町のみんなが話してたから、はしって来たっ」

「うむ。俺は旅の途中だからな。いつまでもここにいる訳にはいかんのだ」



 2人を離し、頭に手を乗せる。おやおや、今にも泣きそうだ。この年頃の子は、人と別れる経験が乏しいからなぁ。無理もない。



「大丈夫だ。またこの町に来る。その時は、2人の元にも立ち寄ろう」

「ほんと?」

「ぜったい?」

「ああ、絶対だ」



 2人の小指と俺の小指を絡ませる。約束の契りだ。これは昔から変わらぬ。



「それまで元気で、いい子でいるのだぞ。ちゃんと両親の言うことを聞き、よく食べ、よく遊び、よく寝る。そうすれば、またすぐ会えるさ」

「……うんっ」

「やくそくっ」



 最後に指を切り、2人の頭を撫でて背を向ける。

 確かに2人との別れは名残惜しいが、こんな経験、これまでの人生で一度や二度ではない。去る時は、あっさり別れるに限る。



「お師匠様、尻尾揺れてますよ」

「揺れてない」



 ええい、この腐れ尻尾め。勝手に揺れるでない。

 尻尾を鷲掴みにして動きを止めると、セリカが「そういえば」と口を開いた。



「魔法使いの件ですが、本当に準備しなくてよろしかったのですか?」

「うむ。もう必要はなくなった」



 そうこうしている内に、町の出入口までやって来た。出入口では、サターナが暇そうに空を見上げ、佇んでいる。



「サターナ」

「待ってたよ、レビアン」



 サターナの肩には、少し重そうな麻袋が掛けられている。こやつも準備は万端、というわけか。



「お師匠様、まさかサターナと……?」

「ああ。訳あってな。こいつも聖地アガードに用があるから、旅を共にすることになった」

「そうですか……」



 むすーっとした顔でサターナを睨むセリカ。羨ましい、と言うのが顔に出てるぞ。サターナは気にした様子もなく、無言を貫いてるけど。



「という訳だ。ではセリカ、またしばしの別れだな」

「はっ。お師匠様、ご武運を」



 町を出て振り返ると、町の人々が大手を振っていた。

 やれやれ、大仰なことだな。

 軽く手を挙げて返し、サターナと共に森に入った。



「さて、これから道中、よろしく頼むな」

「うん。よろしく」



 目指すは北部、魔法の聖地・アガード。

 久々の大冒険だ。少々、心躍るな。



   ◆四日後◆



 ……山の天気は変わりやすい。知っていたつもりだったが……。



「まさか山中で猛吹雪に晒されるとは」

「しゃぶい」



 我々、聖地アガードへ向かう一行。……猛吹雪によって、遭難中。

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