第24話 幼女、あえぐ

 高速で森の中を駆け抜けると、遠くに怪しげなローブを着た集団が目に入った。

 あそこから双子姉妹の匂いもする。奴らが人攫いの組織と見て間違いなさそうだ。



「ッ! 追っ手だ!」

「魔法使い、用意!」



 ローブ集団から数人が前に出ると、自分たちの前に半透明の魔法を展開した。先の大戦で魔族も使っていた、防御魔法だ。

 魔法使いは存在が希少だ。それが数人……しかも犯罪組織にいるとは、世も末だな。



「レビアン。最初は私がやるね」

「頼む」



 サターナが俺たちの前方に躍り出ると、両手を敵に向けた。

 手の平に円形の幾何学模様が浮かび上がり、強く発光する。



「《ヴァン・アネモス》」



 刹那──幾何学模様がガラスのように割れ、空気の砲弾が放たれた。

 周囲の木々を巻き込み、地面から根こそぎ抉る空気の砲弾が、容赦なく人攫いを襲い、土煙を上げて爆散した。



「おい、人質がいるのだぞ」

「心配ない。加減した」



 加減して今の威力か。とんでもないな、エルフの魔法は。

 土煙の向こうには、まだ気配はある。が、防御魔法で弾かれたのかダメージはなく、逃げているようだ。



「どれ、次はジジイに任せい」



 レオルド殿が杖のぼたんを押した瞬間、杖から鈍色の剣が現れた。

 重心から察してはいたが、やはり仕込み杖だったか。



「奔れ──飛刃・五つ累いつつかさね



 一振りで放たれた五つの飛ぶ斬撃。それらが重なり、より大きく、より鋭い一つの刃となる。

 この技は──?

 飛ぶ斬撃が土煙を切り裂き、その先にいる人攫いに襲いかかる……が。



「むっ……?」

「いませんね」



 サターナの言う通り、そこには人攫いも人質もいない。

 移動した? 違う。匂いがこの場で途切れている。これは……。



「チッ。転移魔法か」

「小癪な」



 レオルド殿が剣を鞘に収める。転移魔法を使われたとなると、これ以上の追跡は不可能だ。

 どうする、どうする、どうする? 転移魔法の有効範囲はわからない。ここで逃がすわけにはいかない。だが追跡する手立ては……。



「エルフの嬢ちゃん、どうしたのじゃ?」



 レオルド殿の声が聞こえそっちを見る。すると、サターナが地面に手をついて何かをしていた。



「転移魔法は、空間と空間を魔力で繋ぎ、瞬間移動を可能にする魔法。原理がわかれば、魔力の動線を辿れる」

「本当かっ」

「うん。けど時間が経つと、魔力の糸が消える。集中するから黙ってて」



 サターナに言われた通り、俺とレオルド殿は黙ってそれを見守る。

 彼女の周囲の景色が揺らぎ、何かを探るように周囲へ広がっていく。

 張り詰める空気に、思わず息を飲む。

 待つこと数秒。サターナの体から発せられていた緊張感が消え、立ち上がった。



「見つけた。着いてきて」

「うむ。さすがエルフじゃの」

「急ごう」






 サターナの後を追って1時間。かなりの速さで走ったのにも関わらずこんなに遠いとは思わなかった。

 鬱蒼とした森の中、古びた教会のみが建っている。あれを指さしたサターナが、こっちを振り返った。



「あそこ。あの廃教会」

「そのようだな。匂いも気配もあそこから伝わってくる」

「じゃが……何か妙な気配がせんか?」



 うむ、レオルド殿の言う通り……人面ムカデと、同じ気持ち悪さを感じる。

 そしてもう1人……ウゼーの匂いもあった。

 なるほど、ここが奴らの根城か。


 俺を先頭に、サターナが中央、レオルド殿が1番後ろから廃教会に入る。

 廃れているにも関わらず、隠れているのか至る所から人間の気配を感じた。様子を見ているのか、襲ってくる様子はない。



「誘われているな」

「そのようじゃの。幼子、女子おなご、ジジイと見て油断しているようじゃ」



 うむ。視線と気配からもありありと感じる。

 外見で敵の戦力を判断するとは……人攫いと言っても、素人か。

 奥へ奥へと歩みを進める。と、その時。



「ひゃあぁっ……!?」



 しっ、しっ、尻尾!? 尻尾握られ……!



「レビアン、おじいちゃん、ストップ」

「どうしたのじゃ、お嬢ちゃん」

「そこ、魔法のトラップがある。解除するから、進まないで」

「ちょっ、ゃっ、しっぽぉ……!」

「…………」



 わかった! わかったから、無言で尻尾さすさすするなぁ!

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