クールな剣聖、奇病『TS獣人化』で感情がダダ漏れになった件

赤金武蔵

剣聖たる所以

第1話 剣聖、TS獣人化す

 幾つもの死線を越えてきた。

 無数の敵兵を葬ってきた。

 夥しい数の魔物を蹂躙してきた。

 そこに感情はなく、ただただ降りかかる火の粉を払うのみ。

 感情を殺し、無心に剣を振るい続けた俺は、陛下から『無情』の称号を賜り、『無情の剣聖』として世界に名を轟かせていた。

 ……のだが。



「な……なんだ、これは……!?」



 今日俺は、『無情』の称号を返還しなければならないようだ。

 それほど、今の俺は動揺している。


 姿見に映る姿は、いつもの俺ではなかった。

 2メートルもあったたっぱ身長はおよそ130センチと小さくなり、手足も短い。手も小さい。

 深く刻まれた歴戦の傷はどこにもなく、鍛え抜かれた筋肉は見る影もなくなっていた。

 白髪混じりだったくすんだ金色の短髪は、若かりし頃を思い起こさせるほど眩い黄金色となり、腰まで長く垂れている。

 死を経験しすぎて淀んだ翡翠色の瞳は健在だが、くりっとした愛らしいものになっている。

 どこをどう見ても……少女。姿見に映るそれは、紛うことなき少女のものだった。


 そしてなんと言っても……頭と腰についている、これだ、、、



「み……耳……? 尻尾……?」



 自身の動揺が連動しているかのように、尻尾がくねくねと蠢き、耳がピクピク動く。

 それはまさしく……狼のようであった。



   ◆◆◆



「これは……驚きました。魔力の波長はまさしく、レビアン様のもので間違いありません」



 昔馴染みである町医者のハロルゼンの所にやってきた。当然服はないから、シャツを上に着ている。ワンピースのようになっているが、仕方ない。

 ハロルゼンは信じられないのか、驚愕に目を瞬かせて俺を観察した。

 俺の手には、魔力の波長を調べる水晶が握られている。結果はもちろん俺、レビアンのものだった。



「だからさっきから言っているだろう」

「いやはや、とても信じられませんが……魔力水晶は嘘をつきません。ならば信じましょう」



 ハロルゼンは指を払うと、壁に積み重なっていた医術書を手元に引き寄せた。



「レビアン様、こちらの医術書に魔力を流してください。さすれば、病名がわかるかと」

「うむ」



 言われた通りに、医術書に魔力を流す。

 直後、1000ページに及ぶ医術書が淡く光り、物凄い勢いでめくれ始めた。

 待つこと数秒。あるページで止まり、2つの病名に白い光が灯った。



「これはっ……!」

「なんだ? なんという病気だ?」



 渋い顔で腕を組むハロルゼン。これはまさか、深刻な病なのでは……?

 いかん。いかんぞ、レビアン。ここで動揺するような俺ではないだろう。俺は『無情の剣聖』。この程度で俺の精神は揺るがない。



「落ち着いて聞いてください、レビアン様。今あなたの体には、2つの病気が混在しています」

「2つ?」

「はい。その名も、『TS病』と『獣人化病』。1つですら稀に見る奇病が、併発しております」



 ふむ……『TS病』と『獣人化病』か。聞いたことすらないが……。



「病名はわかった。して、治るのか?」

「残念ながら、現在の医学では……」

「……そうか」



 稀に見る奇病に2つも掛かってしまったのだ。簡単には治らない、か。



「……お強いですな、レビアン様。普通はもっと取り乱しますのに」

「俺は『無情の剣聖』だぞ。この程度で俺の心がぶれることは無い」



 立ち上がり、病院を出ていこうとすると、ハロルゼンに止められた。



「レビアン様、どちらへ?」

「病気を治すため、旅に出る。くよくよしていても仕方ないからな。宛は無いが、なんとかなるだろう」



 幸い、俺は元から流浪の身。属する組織も、縛り付ける関わりもない。気長に探すさ。旅には慣れている。



「世話になったな。また立ち寄った際には、顔を見せる」

「はい。御達者で」



 さて……まずは今の体に見合った、服を手に入れなければな。






「レビアン様、あんなに尻尾を脚の間に挟んで……余程、不安なのでしょうな。おいたわしや」

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