第2話 幼女、出立す
町にあった獣人用服屋で、とりあえず適当に見繕った。
幸い、金には困っていない。剣を振るう以外能のない俺だ。数十年分、貯め込んだものがある。
しかし……店員に動きやすいものと相談したが、これでいいのだろうか?
襟付きの白いシャツと紺のベスト。膝丈以下の紺のスカート。黒いロングブーツ。あと着替えを少々。
鏡の前で確認していると、店員の猫獣人が手を叩いて前のめりになった。
「とてもよくお似合いですよ、お客様っ。こんなに美しい子がこの町にいたなんて驚きですっ!」
「そうか? よくわからんが」
人の容姿についてとやかく考えたことがない。斬ればみな肉塊。ガワなどどうでも良い。
「……ん?」
なんだ? 後ろが騒がしいな。
振り返ると、尻尾が大きく左右に揺れていた。なんだこれは。ええい、静まらんか。
尻尾を掴み、取り押さえる。やれやれ、難儀な体だ。
「む? なんだ? 何を笑っている?」
「い、いえいえ。なんでもありませんっ」
ふむ……? まあ良い。
「娘。ナイフはあるか?」
「はい? はぁ、ございますが……何をするおつもりで?」
「髪を切る。邪魔だ」
「させません!!!!」
前のめりで圧を掛けられた。な、何故だ?
「お客様、どのような事情があるかはわかりませんが、せっかくここまで長く美しく伸ばした髪を切るなど……勿体ない!!!!」
「そうなのか?」
「はい! 待っていてください、今髪を纏めるものをご用意致します!!」
と、娘は店の奥へ行ってしまった。
俺としては、丸坊主でもいいくらいなのだが……女というのは、わからんものだ。
◆◆◆
服を見繕い1日かけて旅支度を終えた翌朝。夜明け前に馬車に乗り込み、町を出立した。
馬車には俺の他に、屈強な男が乗り込んでいる。しかし、この気配……まあいい。俺には関係ない。
大きめのローブに身を包み、朝露の寒さを凌ぐ。
ありがたいことに、邪魔でしかない尻尾は暖房の役割を果たすようだ。体に巻きつければ、かなり暖かい。
愛剣を立てかけ、そっと目を閉じる。目的地は馬車で半日。東にあるオコロ町だ。
オコロ町には、ハロルゼンと共に医学を学んだ旧友がいるらしい。まずはその者に会いに行く算段だ。
夜明け前の暗さにより、森林が漆黒に包まれる。
近くに魔物の気配はない。穏やかな旅だ。
その時。急に馬車が道を外れ、森の中に入っていった。
「む? 御者よ。道を間違えておるぞ」
「…………」
御者からの返答がない。それどころか、更に奥へ進んでいく。
不審に思っていると、森の中で馬車が止まり、御者の灯していたランタンの火が消えた。
「兄貴、この辺でどうでしょうか」
「ああ。ここなら問題ねぇ」
御者と男がナイフを手に立ち、俺を囲う。
「俺に何か用か」
「売り飛ばすんだよ、げひひ。女の獣人は体が頑丈だからな。変態の金持ちに売ればしばらくは遊んで暮らせるぜ」
「黙ってろ、ボケ」
ふむ。なるほど、人攫いのグループだったか。どおりで、悪の気配がするわけだ。
手に持っているナイフに目を向ける。血の匂いがするな……脅しのためのものではない。俺が抵抗すれば躊躇なく刺してくるだろう。
いつぶりだろうか。俺にナイフを向けてくる輩は。『無情の剣聖』として名が轟いてからは、俺に戦いを挑む者は減ったからな。
立ち上がり、剣に手を掛ける。
「貴様ら。俺にナイフを向けたからには……命を懸けろ」
「は? 何言ってやがる、クソガキ」
剣を抜き、横に凪ぐ。
闇夜に浮かぶ白銀の刀身は、今の俺の背丈ほどもあるが……問題ない。
獣人の筋力は人間を遥かに凌駕する。少女の身丈だろうと……扱いは変わらぬ。
「悪いな、若いの。向かってくる者には手心は加えぬ主義なのだ」
「だから、何を──」
ピッ──。
空気が切り裂かれる音が馬車に響く。
直後……屈強な男は脳天から真っ二つになり、肉の塊へと変わった。
「……へ……? ひっ、ひいいいぃぃっ!?」
御者の男に剣を向けると、汗を撒き散らしながら馬車から飛び降りる。逃げるつもりか。
残念だが、ここで逃がすつもりはない。
馬車の上に飛び乗り、薄ら明るくなりかけている森の中を見渡す。
さすが狼の獣人。薄暗い森だが、よく見える。嗅覚も鋭敏で、どっちの方に走っているかが手に取るようにわかった。
膝を曲げ、足に力を込めると……跳躍。
馬車を大きく揺らすほどの脚力で跳ぶと、瞬く間に御者の男へ追いついた。
恐怖に歪む男の顔がわかる。
剣を担ぎ、通り過ぎざまに一閃。御者の首は跳ね飛び、絶命した。
「言ったであろう。──俺は、向かってくる者には手心を加えぬ主義だ、と」
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