第3話 幼女、尻尾の真実を知る
逃げ出した馬を捕まえ、結局1人でオコロの町へやって来た。馬の扱いには慣れているが、体躯が貧相だと扱いにも一苦労だ。
それにこの馬は俺のものではない。何かの拍子に盗んだ(拝借した)ものというのがバレたら、面倒なことになりかねないからな。こいつとはここでお別れだ。
オコロの町に入る前に、馬の尻を蹴りあげて森の中へ逃がす。元々自然と共存する生き物だ。逞しく生きていくだろう。
「さて……オコロか。久しいな」
オコロの町は、太い丸太を組み合わせて作られた柵で囲われている。だが近頃はこの付近には魔物はおらず、この柵も無用の長物となっている。
有って無いような検問を通り、オコロの町へ足を踏み入れる。
相変わらず活気のある町だ。まだ町へ到着したばかりだと言うのに、人が行き来している。
人々を横目に、ハロルゼンの旧知であるリシダの元へ向かう。
リシダには俺も世話になったことがある。あれも十数年前だが、元気にしているだろうか。
記憶を頼りに町を歩くと、記憶のままの古びた木造建築が見えてきた。最近では石造建築が増えているが、ここは変わらないな。
『リシダ診療所』と書かれた看板を見上げ、扉を開ける。
リシダの気配はある。が、獣人化したからか匂いがやたらと気になった。薬の匂いがやけに鼻をつく。
顔をしかめていると、奥から女が表に出てきた。
相変わらず、美しい人だ。男を誘惑する美貌とは、彼女のためにある言葉と言える。
「いらっしゃい。お久しいですね、レビアン様」
「む? 俺がわかるのか?」
「今朝方、ハロルゼンから、手紙が届きましたから。恐らく、こちらに向かっていると。病状も聞き及んでおります」
俺の向かう先を予想しているとは、やるな、ハロルゼン。
ローブを脱ぎ、窮屈だった耳や尻尾をさらけ出すと、リシダは目を瞬かせて近付いてきた。
「まあまあ、なんて可愛らしい」
「やめろ。俺は男だ」
「しかし生物学的上、今のレビアン様は女ですよ」
「気位の話だ」
それに、昔馴染みから褒められるのは妙な気持ちになる。
「しかしレビアン様も満更ではないご様子」
「どこがだ。拒否しているだろう」
「後ろをご覧下さい」
後ろ?
振り返ると、尻尾が大きく揺れていた。昨日もそうだったが、なんなのだこれは。
鬱陶しく思い、尻尾を鷲掴みにする。やれやれ、ようやく大人しくなった。
「ご存知ありませんか?」とリシダが水を差し出してきた。
「何がだ?」
もしやこの尻尾の動き、リシダなら知っているのだろうか。
水を受け取り唇を濡らすと、リシダは気まずそうに笑い、答えた。
「狼や犬系の獣人は、尻尾で感情を表現するのです。因みに尻尾を大きく振る動作は、喜びを表すと言われています」
…………は? 喜び?
「何を言っている。俺は『無情の剣聖』とまで謳われた男だ。今更感情を表に出す訳ないだろう」
「では、実験をしましょう」
実験だと? ……まあいい。受けて立つ。
何をされようが、俺は絶対感情を表にしない。これは決意でも覚悟でもない。純然たる事実だ。
腕を組みリシダを見上げる。と……。
「それでは、失礼します」
俺の頭に手を置き、ゆっくり撫で始めた。
なで……なで……なで……。
「おい、何をしている」
「頭を撫でています」
「実験をするのではなかったか?」
「していますよ。その証拠に、ほら」
リシダに後ろを指さされた。まさか……。
……チラ。
──ぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんっ!
物凄く、尻尾を振っていた。
「違う」
「何も言っていませんが」
「違うぞ。俺は別に喜んでいない。勝手に動いてるだけだ」
「ふふ。ではそう言うことにしておきましょう」
憎たらしい女だ。俺が違うと言っているのだから、違うに決まっているだろう。
「それで、リシダ。この奇病を治す方法を知っているか?」
「残念ながら、私もわかりません」
「まあ、そうか」
ハロルゼンも、現代の医学では治せないと言っていた。そう簡単に見つかるものでもないか。
「『TS病』も『獣人化病』も、世界で数例しか確認されていない珍しい病です。ましてや『TS獣人化』など、世界初の事例と言えるでしょう」
「そこまで珍しいのか?」
「もし然るべき機関に知られたら、実験と研究のため捕えられるかもしれません」
ほう……この俺を捕まえると?
若干、血湧き肉躍る感覚を覚えた。最近では俺を狙いに来る輩がめっきり減ったからな。退屈していたところだ。
「レビアン様、闘気が漏れ出ていますよ」
「おっと」
「やれやれ……『無情の剣聖』様が、聞いて呆れますね」
「返す言葉もない」
俺もまだまだ、と言うことか。それとも肉体が若返り、精神も引っ張られているのかも。修行が足らんな。
「そこで、レビアン様に提案です。レビアン様の病を治す研究を、私にさせてください。勿論、無茶なお願いはしません。血液や髪の毛などのサンプルをいくつか頂ければ構いませんので」
「研究すれば治せるのか?」
「確証はありませんが。しかし学問とは、学びと研究から進歩する分野。研究を重ねれば、いつか特効薬が見つかるかもしれません」
なるほど。リシダの言う通りかもしれん。
「わかった。2週間はこの町に滞在する。頼んだぞ、リシダ」
「はい。お任せください」
そうと決まれば、宿を探さねば。リシダの元に世話になることもできるが、婚姻関係でもない男と女がひとつ屋根の下はまずいだろう。
荷物を担ぎ、診療所を出ようとした──その時。妙な音が聞こえてきた。
これは……ふむ、なるほど。
「レビアン様、どうかされましたか?」
「なんでもない。では、またな」
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