第4話 幼女、教育す
◆◆◆
草木も眠る丑三つ時。森の中には、新月の闇に紛れた十数人の人影が息を潜めていた。
顔に深い疵を追った筋骨隆々の男が、望遠鏡を覗いてオコロの町を見ていた。
「この区域を担当だった奴らからの連絡が途絶えて、数時間。見つかったのは斬殺された遺体のみ。魔力の残滓はオコロの町を指している……そうだな?」
「はい。間違いありません、班長」
班長と呼ばれた男の傍に控えていた痩せた男が、紫色の宝石がはめ込まれた指輪を掲げる。
妖しく輝く宝石の光りはモヤとなり、オコロの町へ伸びていた。
「この魔力探知の魔石は絶対です。あの町に、仲間を殺した奴がいます」
「そうか」
班長は振り返ると、大斧を掲げて軍団の注目を集めた。
一人一人が武器を持ち、凶悪犯罪者の見た目をしている。中には、四肢が欠損していながらも闘気みなぎる表情を浮かべていた。
「テメェら。俺らの鉄の掟を覚えてるな。仲間を殺した者は重罪。地の果てまで逃げても必ず報いを受けさせる。――オコロの町全員を根絶やしにしてでも、仲間を殺した奴を見つけ出せ」
「「「オウッッッ」」」
班長の言葉に、静かに殺意を持って頷く。
はみ出し者の自分たちには、帰るべき家も故郷もない。全員が仲間であり家族だ。
家族に手を掛けた者は絶対に許さない。全員の心は同じだった。
「よし……テメェら、突げろろろろろろろ」
突如、班長の頭部が上と下の半分に割れ、地面へと転がった。
突然のことで、言葉を失う仲間たち。辺りにはすえた血の匂いだけが残っていた。
「は、班長ッ……!?」
「冗談はよしてくださいよ!」
「な、なんでいきなり……!」
「俺が知るかよッ」
「て、敵が潜んでるかもしれないぞッ、警戒しろ!」
互いが互いの背を守るように立ち、暗闇に目を向ける。
頼りになる明かりはない。星明かりに慣らした視界でも、闇の向こうまでは見通せない。
緊張と恐怖で体が震える。今に来る死を前に、体が硬直していった。
その時だった。
「貴様らに教育してやろう」
暗闇から聞こえてくる、鈴の音を鳴らしたような美しい少女の声に、ここにいる誰しもが耳を疑った。
この場において一番ありえない声色に、緊張を。恐怖を。怒りを。殺意を忘れ、うっとりと聞き惚れていた。
が、それも束の間……何もされていないのに、数人の仲間が血を噴き出してその場に崩れ落ちた。
「一つ。暗殺において、殺意を漏らすな」
次々に崩れ落ちる仲間に、男たちは狼狽える。
「なっ、なんだよコレぇ!」
「敵だ! 近くにいるぞ!」
「探せェ!」
徐々に統制が取れなくなり、男たちは無闇に武器を振る。
当然、そんな攻撃は当たらない。むしろ、互いに攻撃し合い自滅した。
「二つ。何があっても揺るぎない心を持て」
殺戮と自滅を繰り返し、次々に仲間が死んでいく。
最後の一人になった痩せ細った男は、恐怖で過呼吸気味に呼吸を繰り返す。
「三つ──」
直後、魔力探知の魔石が一際明るく輝き、敵の姿を朧気に浮かび上がらせる。
ひとつに結ばれた黄金色の髪が弧を描き、翡翠色の瞳が暗黒に軌道を魅せる。
男が最後に見た敵の姿は……。
「──俺に剣を向けたことを後悔し、逝け」
女神のように美しく、悪魔のように妖しい、幼女の姿だった。
◆◆◆
「やはり、俺を狙いに来た輩だったか。まさかとは思ったが、昨晩の者どもの仲間とはな」
血の海と肉塊の山を見下ろし、剣に付着した血を振り落とす。
このような大立ち回りは久しく、つい教育なんぞしてしまった。誰かにものを教えるなど、数年ぶりか。
「仲間を殺した奴は決して許さない、か。と言うことは、こいつらの仲間が更に俺を狙いに来るかもしれんな」
命を狙われるのはいつぶりか。やはり男たるもの、命を狙われてこそ一人前というものよ。
オコロの町にいれば、向こうから勝手にやって来るのはありがたい。2週間以上滞在することになるかもしれんが……急ぐ旅でもない。ゆっくり、待ち受けるとしよう。
剣を鞘に収め、その場を後にする。
む。血の匂いが……仕方ない。湯浴みをするか。
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