第5話 幼女、湯浴みす

「あら? お帰りなさい、レビアンちゃん」



 宿に戻ると、女将殿がテーブルに座り、宿の帳簿を付けていた。

 こんな時間まで仕事とは、宿の経営というのも大変なのだな。



「ただいま、女将殿。こんな時間に申し訳ないが、湯浴みをさせてもらえぬか?」

「ええ、いいわよ。うちは24時間お湯を張っていることが売りだから」

「ありがとう」



 返り血が着くような下手はしないが、獣人化の影響だろうか。体から漂う血の匂いが妙に鼻につく。

 湯浴み場に向かい、服を脱ぎ捨て籠に突っ込む。

 その拍子に姿見に自身の姿が映ったが……やれ、貧相な体だ。

 鍛え抜かれた肉はどこにもない。細く、しなやかな女の肉だけがついている。

 それに俺は、乳も尻もでかい方が好みだ。こんな毛も生えとらん体、見てもつまらんぞ。


 唯一の救いは『獣人化病』だな。獣人は人間よりもパワーがある。このような幼い肉体でも、大の大人と変わらぬ力を発揮できる。

 もし『TS病』だけ発症したら、満足に剣も振るえなかっただろう。

 ただ……この尻尾は邪魔すぎる。狼のものらしいが、余りにもでかい。水を吸えば重くなるし。



「はぁ……我が肉体が恋しいものだ」



 ……いや。沈んでいる場合ではない。気をしっかり持て、レビアン。

 頬を軽く叩き、湯浴み場に入る。

 さすが、値の張る宿だ。広々としたいい湯船が張っている。

 掛け湯をし、頭から全身を濡らす。この髪も邪魔し切りたいが、昼間には女将殿にも止められた。

 曰く、髪は女の命らしい。女の心情はわからん。

 剣を壁際に立てかけて湯に体を浸けると、全身に満ちていた体の緊張が溶けていった。



「ふぅ〜……極楽だ」



 この時間だから人がいない。貸切状態だ。

 それも有り難い。今俺は女児の格好だが、中身は歳食った男。女人がいたら、気が気ではないからな。

 と思ったのも束の間。外に女将殿の気配がした。



「レビアンちゃん。お湯加減はどう?」

「ああ、いい加減だ」

「ふふ、よかった。それじゃあ、ご一緒させてもらうわね」



 ……何?

 耳を疑っていると、扉が開かれて女将殿が入ってきた。

 当然のことだが、全裸。薄い布で大切なところは隠しているが、男であれば据え膳ものの肉体美を持っていた。

 ぐらつき掛けた男心を持ち直し、平静を保つ。



「女将殿……?」

「ごめんなさいね。私、この時間にお風呂なの」

「俺は良いが……女将殿は良いのか? 俺と一緒なのだぞ」

「何か問題でも?」



 あ、そうだった。今の俺は女なのだ。だが、しかし、うぅむ……。

 悩んでいる間に、女将殿は掛け湯をして俺の隣に浸かった。

 少しだけ距離を取り、なるべく女将殿の方を水に正面を見続ける。



「それにしても、レビアンちゃんって男の子っぽい喋り方よね」

「俺は男だ」

「えっ。そうだったの?」

「あ、いや、体は女なのだが、心は男で……というか元は男という意味だ」

「ふーん……よくわからないけど、大変な人生を歩んできたのね」



 病気の事を説明しようにも、俺も詳しいところまでは理解していない。変に説明して、話が拗れるのも面倒だし……よいか、このままで。



「レビアンちゃんは一人旅なの?」

「うむ。かれこれ数十年は1人で各地を回っている」

「へぇっ。獣人の子は人より長生きだって聞いたことあるけど、私より歳上なのね」



 う。む、難しい……見た目との差で、何を説明しても違和感のある答えになってしまう。



「まあ、こんなご時世だもの。いろいろあるわよね」

「そうだ。いろいろだ」

「ふふ。大変ね」



 女将殿は楽しげに笑うと、風呂から上がって俺の方に手を伸ばしてきた。



「背中洗ってあげるわ。実は行商人からいい石鹸が回ってきたの。レビアンちゃんに1番に使わせてあげるわね」

「よ、よいっ。体なんて洗わずとも……!」

「ダメよ。女の子なんだもの。ちゃんときれいきれいしましょうね」

「だ、だから俺は男で……わッ……!」



 無理に手を引かれ、風呂場の椅子に座らせられた。強引すぎだろう、女将殿。

 女将殿が俺の傍に座り込み、石鹸を湯で泡立てる。若い頃に行った遊郭で、似たようなことをされたな。懐かしい……って、懐かしんでいる場合ではないだろうッ。

 お、俺は『無情の剣聖』ぞ。しかも年老いている。今更このような邪な気持ち、持っていいはずが……!



「それじゃあ、背中から洗っていくわね」

「ッ……!」



 くっ、くすぐったい。女人の手の柔らかさと泡の滑りで、意思とは関係なく身が捩れるっ。

 が、我慢だ。我慢だぞレビアン。『無情の剣聖』の確固たる意思は、その程度ではないはずだ。



「本当、きめ細かい肌ねぇ。いいなぁ、羨ましい」

「おおおおおっ、女将殿!?」



 そ、そこは前でっ。あ、ちょっ……!!

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