第11話 幼女、誤解を解く
「はっはぁ~……しかし、『TS病』と『獣人化病』ですか。どちらも聞いたことがありませんが、いやはや……まるで別人ですね」
落ち着きを取り戻したセリカが、俺のことを頭からつま先までまじまじと観察してくる。
だろうな。最後にセリカと会った時は数年前。当然ながら俺もまだ男だった頃だ。あれと較べたら、今の俺をレビアンと信じるのは難しいだろう。
「うむ。だから元の体に戻るべく、ハロルゼンとリシダに研究を進めてもらっている。ついでに俺は、どうにか治せる方法はないか放浪の旅をしている途中だ」
「なるほど……ですが、お一人では大変でしょう。もし必要でしたら、アガーソン王国全土にいる憲兵隊に、調査をさせますが?」
「ふむ……」
確かに、悪くない手だ。
だが、どう説明する? 幼女かつ獣人になったレビアンを治すため、治療法を探せと命令を出すのか? それこそ生き恥だろう。
「気持ちだけ受け取っておこう。今俺は、旅も楽しんでいる身でな。ジジイの余生を潰す真似はせんでくれ」
「ハッ。承知しました」
綺麗な敬礼で返答するセリカ。堂々とした佇まい……昔のおどおどしていたこいつを知っているからか、とても感慨深いな。
「ところで、お師匠様。一つお聞きしたいことが……」
「なんだ?」
「あの……例の人攫いたち、殺したのってお師匠様なのかなー、なんて……」
「む? ああ、俺だ」
「やっぱり……!」
今度はがっくし肩を落とした。反応が過剰だなぁ、セリカよ。
「はぁ……事件は迷宮入りだぁ……」
「何故だ。俺を捕まえれば良かろう」
「大人しく捕まってくれます?」
「当然、抵抗する。少なくとも数万人は道連れにする覚悟だ」
「だから迷宮入りなんですよっ!」
あぁ、なるほど。俺が捕まえられないと言うことは、事件は未解決ということか。
「別に良いだろう。悪党を
「それはそうですけど、調査しないと上から怒られてしまうんですよ」
「……総隊長のお前を誰が怒るんだ?」
純粋な疑問として聞くと、動きをピタリと止めた。
「……確かに。そう言えば私、総隊長でした」
「おい」
「だ、だって総隊長になったは半年前で、まだ慣れていないんですよぅ……!」
俺が叱ると思っているのか、指をもじもじさせてうなだれる。総隊長の威厳はどこにもなかった。
「まあ、調査を続けるか、未解決として処理するかは、お前に任せる。来るなら軍隊を連れてこい。相手になってやるぞ」
「わざわざ大切な部下に死ねなんて言えません。なあなあで調査を続け、時が過ぎるのを待ちます」
それで良いのか、総隊長殿。
剣を鞘に収め、セリカと共にオコロの町へ戻っていく。
が……何故だかセリカがじっと俺のことを見てくる。少々いたたまれない。
「セリカ、何故見てくる。俺の顔に何か付いているか?」
「いっ、いえっ。そのぉ……」
指をもじもじさせ、何やら言いづらそうにしている。
ここで急かすのはいただけない。無言で、話してくれるまで待つ。
じっと見上げると、恥ずかしいのか顔を真っ赤にし、ようやく口を開いた。
「とっ、ととととととても可愛らしいお姿、と言いますかっ。な、撫でてみたいなぁと言いますか……!」
「良いぞ」
「で、ですよねっ。いいですよね! 不躾なことを言ってしまい、申し訳……え?」
セリカは意味を理解していないのか、呆けた顔でまばたきする。
「い、今、いいと……?」
「うむ。別に撫でたければ撫でて良い。町の女児たちに散々撫でられたからな。今更だ」
それに、撫でられたら心の奥底にある凝りみたいな緊張が和らぐのも事実。
数十年に渡って、全方位へ警戒心を研ぎ澄ましていたのだ。この体になり狙われにくくなった今、こうして心を解すのも罰は当たるまい。
「で……では、失礼します」
「うむ」
セリカが前屈みになり、俺の頭に手を乗せる。
ふんわりとした優しい手つきに、自然と目を閉じてしまった。
耳がピクピク動き、尻尾が揺れているのがわかる。
止めようにも止められない。もう諦めた。
「かっっっっ……わっっっっ……!? だだだだっ、抱っこしてもいいですか……!?」
「……まあ、良かろう」
抱っこは慣れとらんから、あまり気乗りはせんが……ここまで期待の目を向けられると、断るのも忍びない。
許可すると、セリカは太陽のように顔を輝かせて俺の脇に手を差し込み、軽々抱っこしてきた。
「かっ、軽いっ。お師匠様、軽いです!」
「だろうな。幼女だぞ、この体」
まさか人生で、愛弟子に抱っこされる日が来るとは思わなかった。
あとお主、薄いとは言え鎧を纏っているのだぞ。体に食い込むから強く抱き締めるな。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ。お師匠様可愛い。可愛いお師匠様」
お、お主、顔が怖いぞ。ええい、よだれを垂らすな。汚いだろう。
「お、お師匠様っ、最後のお願いです……! 尻尾を……尻尾を吸わせてください!」
「調子に乗るな、莫迦たれ」
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