第10話 幼女、あしらう

 セリカは細身の剣を抜き、怒りの籠った目で俺に剣先を向ける。



「その剣は、我が師レビアン様の愛剣。それを貴様のような小娘がレビアン様の名を騙り、持っていい代物ではない」



 ほう。別れて数年の月日が経っていると言うのに、まだ俺を師と敬ってくれるのか。昔から変わらず、良い子であるな。

 だがしかし……知らぬとは言え、師に対して強い圧を掛けてくるのも事実。昔からこいつは優しいから、俺が相手だと本気を出さぬ節があった。

 これは……セリカの本気を見る、いい機会ではないか?



「本物のレビアン様はどうした。その剣はどこで手に入れた。──答えろ」



 セリカから迸る圧が、本身を帯びる。

 どれ、少しからかってやろう。



「何故俺がレビアンを名乗っているのか。この剣を持っているのか……貴様も剣士であれば、聞き出す手段は分かっているであろう。総隊長殿」

「レビアン様の言葉まで真似しおって……たたっ斬るッ!!」



 セリカの剣先が瞬き、首を狙われる。

 寸前でしゃがみつつ回避。同時に剣を抜きセリカに斬り掛かるが、寸前で受けられてしまった。

 さすが、スピード特化の『青薔薇の剣姫』だ。今の俺では、そう簡単に一撃を与えることも出来ぬか。



「ふんッ!」

「お?」



 セリカの気合い一閃。鍔迫り合いをしていると、吹き飛ばされて診療所のドアが砕け散った。



「きゃあああああああああ!?」

「そ、総隊長殿!」

「あああああ! 扉があああああああ!!」



 すまぬ、リシダ。後でセリカ莫迦に弁償させる。

 後退しながら町の外に向かう。さすがにこのまま、町中でやり合う訳にはいかないからな。



「逃げるな!」



 俺を追って、セリカが付いてくる。

 素晴らしい速さだ。俺から離れた後も、自己鍛錬を怠っていなかったようだな。

 町をなるべく壊さぬよう、1・2回攻防を繰り返しては逃げる。

 丸太の柵を飛び越えて森の中に入ると、セリカも後を追って飛び越えて来た。



「私から逃げられると思うな!」

「逃げているわけではないのだが……まあ、この辺で良いだろう」



 枝を利用してその場で宙返り。一瞬で方向転換し、セリカに向かって剣を構えた。



「ッ!?」



 予想していなかったのか、セリカは驚愕に目を見開く。

 剣を振り上げ、推進力を利用してセリカの脳天に振り下ろすが、寸前のところで剣の腹で受けられてしまった。

 が、まだ俺の攻撃は終わらない。

 身軽な体を利用してバク宙で距離を取ると、流れるようにセリカへ肉薄して剣を振るう。

 セリカも応戦し、一太刀が二つにも三つにも見える剣撃を繰り出してきた。



「強いな」

「貴様もなッ! はあ!」



 セリカのパワーで弾き飛ばされたが、体勢を整える。

 それを隙と見たのか、剣を構え肉薄してきた。

 当然、真正面から受ける俺ではない。振り下ろしてきた剣の腹を、己の剣の腹を使って斜めに滑らせた。

 向こうからしたら、真上から振り下ろした剣が斜めに落ちているのだ。訳が分からなくなり、一瞬思考と体が硬直するだろう。


 その一瞬が――命のやり取りでは、致命的な隙となる。


 しゃがみつつセリカの脚を蹴り払う。

 剣を振り上げバランスを崩したセリカに向け振り下ろす。

 死を覚悟したのか、反射的なものなのか、セリカは目をギュッと瞑ってしまった。



「やれやれ。死の瞬間であろうと目を瞑るなと、何度も言っているだろう、セリカ」

「――ぇ……? あうっ!?」



 剣の腹でセリカの脳天を叩くと、目に涙を溜めてしゃがみ込んでしまった。

 剣を鞘にしまい、セリカの頭を撫でる。懐かしい。昔もこうして、よく頭を撫でてやったなぁ。



「剣に頼るな、五体を使え。視覚に頼るな、五感を使え。思考を止めるな、反射を磨け。……師の教えを忘れたか、セリカ?」

「そ、それは、レビアン様の……え。なんで、貴様がそれを……? まさか貴様も、レビアン様に師事して……?」

「違う。俺がレビアンだ」



 奇病『TS病』と『獣人化病』を併発し、このような姿になったことを説明するが、まだ信じられないのか頭を抑えて首を横に振った。



「そ、そんな、そんなことありえない……!」

「では、どうしたら信じてくれる?」

「……私と師だけの秘密を知っているのなら、まあ……」



 ふむ……。



「10歳まで1人で眠れなかったこと。おねしょを15歳までしていたこと。初めての酒で飲みすぎ寝ゲロをしたこと。免許皆伝で嬉しすぎてはしゃぎ、両足首を全治1ヶ月の捻挫をしたこと。後は……」

「いやあの本当にごめんなさい許してください忘れてくださいお師匠様」



 羞恥すぎて顔を真っ赤にし、涙目でうなだれた。

 相変わらず顔に出やすい子だなぁ、セリカは。



「そ、それでは、貴様は……いえ、あなたは本当に……?」

「うむ。レビアン本人である」

「す――すみませんでしたああああああああああああああああああ!!!!」



 渾身の謝罪声は森の中に響き、どこまでも、どこまでも聞こえたという……。

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