第9話 幼女、目を付けられる
◆◆◆
「……暇だ……」
あれから3日が過ぎた。特にやることもなく、毎日のんべんだらりとした生活を過ごす日々……こうも動かないと、体が鈍ってしまう。
剣を振りたいところだが、どうやら監視がついてるようだ。
隠れてはいるが、視線と警戒心が伝わってくる。奴の部下か。隠密慣れはしていないらしいな。バレバレだ。
だが、怪しまれている時に剣を振るうのは愚の骨頂。今は大人しくする他ない。
「レビアンちゃん、どーしたの?」
「お元気ですか?」
「む? いや、なんでもないぞ」
正座をする俺の脚を枕にしている女児の双子の頭を撫でる。
2人は嬉しそうに笑うと、俺の腰周りに抱きついてきた。やれやれ、愛い子らよ。
この数日、ずっとこうして双子と触れ合っている。
俺、男なのだが……もしかしてこれ、事案というやつではないだろうか。一応、今は幼女の身だが、はたして良いのだろうか……?
世間の倫理観と己の罪悪感に板挟みになる。
……まあ、良いか。考えるだけ無駄だろう。
それにしても……この数十年、一時も休める瞬間がなかったからか、何もしていない今がむず痒く思う。
時間を無駄にしているような、何かしていないと気が済まないような……慣れぬな、この時間は──
「ひゃうんっ……!?」
えっ、ちょ、何!? 今、喉の奥から変な声が……!
振り返ると、双子のうちの1人が俺の尻尾を撫でていた。絶妙な力加減で、毛並みに沿って梳くように。
な、なんだこれっ。体がゾワゾワするっ……!?
「レビアンちゃんのしっぽ、ぽわぽわ〜」
「やぁーかいねぇ〜」
「お、お主らっ、やめっ……さわるなぁ……!」
尻尾だけじゃなく、付け根やら頭やら耳やらを撫で回される。
何が楽しいのか、双子は幸せそうな笑顔で撫で続ける。
たったそれだけなのに、全身の力が抜けてとろけてしまう。こんなこと初めてだ。
全身の毛が逆立つ感覚に身悶えていると、双子は嬉しそうな顔で笑う。
「レビアンちゃんって、なでなでが好きなの?」
「わたしも好きー。なでられるとふわふわするよね〜」
「わかる〜」
愉しげに話しながら撫でるな……! あ、待て待て、どこを撫でている! そこは腹だぞっ。ちょっ、待っ……!
「……女児にお腹を晒して何をしているのですか、レビアン様」
「はっ!? ……違うのだ」
「いえまったく違くありません」
くっ、殺せ! こんな醜態を晒しては生きては行けぬ……!
全身の毛穴が開き、顔が熱くなる感覚を覚える。『無情の剣聖』に有るまじき動揺だ。万死に値する……!
咳払いをして起き上がり、リシダを見上げる。
「な、なんだ? まだ検査の時間ではなかろう?」
「はい。ですが、あなたにお客人が来ていまして。診療所でお待ちです」
「客?」
はて。今の俺に用のある者などいないはずだが。
双子を優しく離して立ち上がり、リシダと共に診療所へ向かう。
うーむ。やはり先日のことがバレたか? だが、それでは客という表現はおかしい。
リシダは若干緊張した面持ちだ。
こいつは名医だ。誰であろうと対等に接するこいつが、こんな顔をするとは……どうやらただ事ではないらしい。
診療所が見えてくると、周囲を憲兵隊が囲っていた。扉の前では、ウゼー殿が髭を撫でながら俺たちを迎える。
「レビアンさん、御足労痛み入りまァす」
「ウゼー殿。これはお主が?」
「はい。どうしてもあなたを一目見たいというお方がいらっしゃいましてねェ」
ふむ……だろうな。中から強い気配が漂ってくる。これはまた、随分と懐かしい気配だなぁ。
ウゼー殿が扉をノックし、中へ入る。
俺とリシダも後に続くと、薄暗い部屋の中に佇む人影があった。
リシダが集めている魔石の棚を見つめる横顔は、久しく見るが昔からなんら変わっていない。
さすがのウゼー殿も緊張しているのか、指先まで伸ばし背筋を正した。
「そ、総隊長。レビアンをお連れしました……!」
「……2人にしてくれ」
「ハッ!」
敬礼をしたウゼー殿と、心配そうな顔をしたリシダが診療所を出る。
残されたのは俺と、総隊長と呼ばれたこいつだけだった。
「さて……どういう訳か説明してもらおうか、獣人娘」
白銀の髪が弧を描き、深海色の瞳が俺を射抜く。
俊敏性に特化したシンプルかつ薄手の甲冑を纏い、女性らしい体の曲線を顕にしている青い鎧ドレスは、昔からこやつの代名詞であった。
アガーソン王国全土憲兵隊総隊長。
『青薔薇の剣姫』──セリカ・レンプテート。
俺の最後の弟子だ。
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