第8話 幼女、圧掛けす

 ほう。他者を怪しむ洞察力は長けているようだ。ふふ……でなければ、憲兵隊など勤まるはずもないか。

 ウゼー殿の慧眼に感服するが、リシダは警戒心を顕にしてウゼー殿を睨みつけた。



「何を根拠に言っているのですか」

「根拠はあァりません。言うなれば、憲兵として平和に従事してきた者の直感……と言いましょうか」



 ウゼーの眼光が鋭くなる。良いぞ良いぞ。若いのに良い目をしている。

 感心していると、ウゼー殿が、俺に手を伸ばしてくる。


 む──敵意。


 俺に敵意を向けるか……斬り飛ばしてくれよう。

 剣に手を掛けようとしたその時。リシダが俺を抱き締め、持ち上げた。



「り、リシダ、何を……もがっ!?」



 黙らせるように、急に俺の頭を自身の乳房に押し付けた。く、苦しいっ……! やめろ、溺れるっ。



「やめてください、ウゼーさん。こんな小さな子が、そんなことするはずないじゃないですか。不愉快です」

「おォっと、これは失敬」



 ウゼー殿は手を引っ込め、再び髭を撫でる。

 俺たちの騒ぎを聞きつけ、町民たちが訝しげな顔でこちらを見てきた。



「小さい子を疑うなんて、ひでぇ奴らだ!」

「その子は壊れた荷車を直してくれたんだよ!」

「私と一緒に遊んでくれたもん!」

「レビアンちゃんを疑うなんて、ぼくが許さないぞ!」



 騒ぎは騒ぎを生み、町民たちが憲兵たちに野次を飛ばし始める。

 まずいと思ったのか、部下たちが慌てだす。



「ウゼー班長、これはまずいのでは……?」

「町民からここまでされては、我々も手出しをすることは……」



 2人の言葉と野次を聞きつつも、ウゼー殿はどこ吹く風という様子で、俺を見てくる。

 肝も座っておるな。班長……チームを纏めるだけの技量はあるということか。

 が、さすがにこれだけの野次馬の前で、これ以上のことはできないと悟ったのか、ウゼー殿は深く息を吐いた。



「ふゥーむ……まあいいでしょう。それではリシダ先生、診療所でお待ちしておりまァすよ」



 去っていく3人の後ろ姿を見送る。なかなか、見所のある若者だったな。

 リシダは安堵からか、深い息を吐いて俺を離した。離してくれてありがたいが、下ろしてくれないか?



「レビアン様、今斬ろうとしましたね?」

「うむ」

「なんでそんな自信満々なのですか。というか、直ぐ斬ろうとしないでくださいよ……」

「俺に害を加えようとした奴が悪い。俺に仇なす者、万物これ敵なり」

「はぁ〜……ほんっと、野蛮なんだから……」



 俺だって誰彼構わず斬るような真似はせん。俺に敵意を向ける者のみ、斬り捨てるだけだ。

 リシダに下ろしてもらい、身なりを整える。

 やれやれ、これじゃあ本当に赤子のようではないか。



「仕方ありません。ひとまず今日は、宿に戻りましょう。怪しまれていますし、しばらくは大胆な行動はしないこと。いいですね?」

「幼児か俺は」

「少なくとも今は」



 ……そうであった。



   ◆◆◆



「ふゥむ、ふゥ〜む……」



 去っていく2人を眺め、自慢の髭を撫でるウゼー。

 表情は険しく、明らかにレビアンを訝しんでいた。



「ウゼー班長、如何しましょう」

「……監視しなさい。気づかれぬよう、ひっそりと」

「ハッ」



 1人の兵士が敬礼し、宿舎へと戻っていく。



「班長、これからどうしましょう」

「手掛かりはあァりませんが、隊長に報告しまァす。それと……あの獣人の娘についても、念の為報告しましょうかァ」

「はぁ。そこまで怪しいですかね。見るからにただの女の子にしか見えませんが」

「だァから君はアホなのでェす」



 ウゼーの脳裏に浮かぶ、レビアンの姿。

 自分が手を伸ばした瞬間に垣間見えた、獣の……否、圧倒的強者の圧。



(まさか、あの子供から歴戦の戦士と同じオーラを感じるとは……人は見かけによらないとはこのことでェすね)



 込み上げてくる笑いを喉の奥で抑え、引きつった笑いが漏れる。



「は、班長……?」

「おっと。いえいえ、なんでもあァりませんよ。では、行きましょう」

「は、はい」

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