第7話 幼女、疑われる

 レオルド殿と別れ、再び町へ繰り出す。

 行く先々で困っている人を見つけては手を差し伸べ、迷子の子を助け、転び泣いている子の手当をしていると……。



「レビアンちゃん、ありがとうね」

「お姉ちゃん、一緒にあそぼー!」

「おままごとしよー!」

「嬢ちゃん、さっきはありがとうな! おかげで助かったぜ!」



 いつの間にか、オコロの町に俺のことが知れ渡っていた。

 俺の姿が幼女のためか、レビアンと名乗っても『無情の剣聖』と結びつける者がいない。たまにいるが、剣聖と同じ名を与えられて良かったねとしか思われていなかった。

 辛いが、いずれ元の体に戻るまでの我慢だ。これも修行。精神を鍛えるにはうってつけと考えよう。



「レビアンちゃん、これあげるー」

「わたしもーっ」

「う、うむ。ありがとう」



 女児の双子が、花畑の花で編んだ冠を俺の頭に被せる。

 このようなもの、邪魔でしかないのだが……幼子からの贈り物を無下にするのも忍びない。されるがまま、させておこう。

 ……む? この匂い……リシダか。

 匂いのする方を振り向くと、リシダがこっちに向かって歩いて来た。外でも白衣を着ているのだな、こいつは。



「レビアン様、探しましたよ。検査のお時間です」

「もうそんな時間か。どれ、行くかな」



 検査は面倒だが、これも病気を治すため。仕方あるまい。

 だが双子はまだ遊び足りないのか、残念そうな顔で俺を見上げた。



「レビアンちゃん、行っちゃうの?」

「また遊べるよね?」

「ああ、もちろんだとも。二人も、日が暮れる前に帰るのだぞ」

「「はーい」」



 二人は残念そうに返事をし、リシダにも挨拶をすると手を繋いで走り去っていった。

 子供は風の子、元気な子。国の宝とはよく言ったものだ。

 二人を見送っていると、隣にいたリシダがおかしそうに笑った。



「なんだ」

「いえ。すごく楽しそうにしていらっしゃいましたから」

「孫を相手にしている気分なだけだ」

「それにしては……」



 リシダの視線が俺の後ろに注がれる。

 まさか……。

 後ろを振り返ると、尻尾がかつてないほど大きく左右に揺れていた。軽く風切り音が鳴るくらい。

 慌てて尻尾を取り押さえる。が、付け根の方がまだ動く。

 脚で尻尾を挟み胸の前で抱きかかえると、ようやく動きが止まった。



「……違うのだ」

「違わなくないと思いますが」

「違うのだっ」

「いいじゃないですか。可愛いですよ」

「剣士を侮辱するかッ……!」



 背負っている剣に手を掛けると、リシダは手を挙げて降参した。



「どうどう。抑えてください、『無情の剣聖』様。平常心ですよ、平常心」

「ぐ……ふんっ」



 剣を鞘に収め、リシダに背を向ける。おのれ、からかいおって。いつか痛い目を見せてやる。

 と、その時。俺の耳が妙なざわめきを感じ取った。



「なんだ……? 向こうから数人の人間が歩いてくる音が聞こえるが」

「ああ、憲兵隊ですね。昨夜、森の中で斬殺遺体が発見されたらしく、調査に出ていた人たちで……」



 急に黙ったリシダが、まさかという目を向けて来た。



「レビアン様、もしや……」

「ああ、俺だ」

「何を誇らしげにしていらっしゃるのですか……」

「奴らは人攫いだぞ。自衛の殺して何が悪い」

「いくら人攫いでも、町のすぐそばで斬殺はまずいですよ。捕まりはしないと思いますが、勾留くらいはあり得るかも……」



 慌てた様子のリシダが、俺を背中に隠した。な、なんだ?



「リシダ、何をする」

「いいから、か弱い子供を演じていてください」



 え、演じる? 子供を?

 どどど、どうすれば良いのだ? 生まれてこの方、か弱いとは無縁の人生を歩んできたからわからぬ。

 とりあえずリシダの後ろに隠れて音のする方を見ると、甲冑に身をまとった三人の兵士がこっちに向かってきていた。

 その中でも、一際偉そうな男がふんぞり返り、三日月のひげを撫でてリシダの前に立った。



「これはこれは、リシダ先生ェ。こォんなところにいらっしゃったのですねェ。ご苦労様でェす」

「お疲れ様です、ウゼーさん。調査は進んでいますか?」



 ウゼーと呼ばれた男は、大仰に肩を竦めてわざとらしくため息をついた。



「指名手配されていた人攫いのグループというところまではわかったのでェすがねェ。魔力探知の魔石も使用したのでェすが、警戒しているのか残滓の欠片も残っておりませェん」

「そうですか。それは困りましたね」

「ええ。なのでェ、念のために先生に遺体の確認をしていただきたァいのですがァ……」



 ウゼー殿の目が俺に注がれる。

 明らかに格下を見る、木っ端者の目。相手の強さも見抜けぬ未熟者であることが容易にわかった。



「おやおやァ? そちらの獣人はだァれですかァ?」

「私の知り合いの娘です。ウゼーさん、そのような話は子供の前でするものではありません。送り届けるので、遺体を私の診療所に運んでおいてください」

「かァしこまりまァした」



 リシダが俺の背を押し、急いでその場を後にしようとした、その時。

 ウゼー殿が「んん~?」と声を上げた。



「止まりなさァい。獣人の娘……剣を持っていますねェ」

「こ、これはおもちゃです」

「いやいやァ。さすがにそこまで私の目は節穴ではあァりませんよォ。見るからに真剣……名剣と呼ばれる類いのものでェすね、それ」



 俺たちの前に立ったウゼー殿は、三日月のひげを撫で見下ろしてきた。



「君……怪しいでェすねェ」

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