第13話 幼女、闇に紛れる

 今後の方針は決めた。後は旅立つ前に、いろいろと準備をせねばな。

 向かう場所は魔法の聖地アガード。道中の過酷な環境に耐えられるだけの装備や、携帯食料も十分すぎるくらい準備しなければ。

 セリカの紹介で、魔法を使える部下を一人寄越してくれるらしいが、念には念を入れて準備をしないと、軽く死んでしまう。それほど過酷な場所なのだ。

 宿の床に、1日掛けて集めた食料や道具を広げ、見渡す。



「うむ。ある程度は揃ったな」



 これだけあれば、旅事態に問題はない。が、まだ一つだけ手に入れなければならない道具がある。

 虚ろ霊の羽衣で作られた外套。防寒防熱はもちろん、暴風雨や雷、防塵、防火の能力を有するローブだ。聖地アガードに向かうには、必須中の必須と言える道具である。

 さすがにオコロの町には見当たらなかったが、仕方あるまい。あれは伝説級のローブ。昔、俺も手に入れるには苦労した。

 だが、今はどうすれば手に入れられるかを知っている。

 まだ出発まで時間もあるし……行くか。

 愛剣を担ぎ、宿を出ようとすると、ちょうど一階にいた女将殿と鉢合わせた。



「あら、レビアンちゃん。こんな時間にお出掛け?」

「うむ。ちょいと、南にあるオルダーク霊廟に行ってくる」



 虚ろ霊とは、文字通り幽霊のことだ。正確には、幽霊のような魔物なのだが。

 人間の負の感情や、暗く湿っている場所を好むナメクジのような魔物で、夜の霊廟や墓地に現れる可能性が高い。高いというだけで、確定で現れるわけではないがな。

 俺と、同行する魔法使いの分も必要になるだろうから、最低でも2枚は必要になる。期日までに集められるか不安ではあるが、なんとかなるだろう。



「それじゃあ女将殿、行って……」

「待った」



 ガシッ。女将殿に腕を掴まれ、引き戻された。



「どうした、女将殿? 俺に何か用か?」

「どうしたじゃない、どうしたじゃ! あなた、今から霊廟に行くの!? 正気!?」

「すこぶる元気だぞ」



 何をそんなに慌てている。たかが霊廟だぞ。確かに魔物は出るが、そこまで恐ろしい場所ではない。



「レビアンちゃん、もしかして知らない? 最近のオルダーク霊廟の噂」

「噂?」



 はて。そんなものがあるとは知らなかった。どんな噂だ?

 女将殿は頷くと、周りに誰もいないのに小声で話し始めた。



「最近、オルダーク霊廟に妙な魔物が住み着いたって話よ。ゴースト系じゃないけど異形の姿をしている魔物で、人の顔のムカデみたいな魔物らしいわよ」

「ほう……!」



 人面ムカデとは、また奇怪な。俺でさえそのような魔物はお目にかかったことがないぞ。

 いかん。年甲斐もなく心が踊る。落ち着け、俺。平常心だ。



「最近とは、どれほど前だ?」

「半年くらいよ。憲兵隊も調査してくれたわ。でも何があったのかはわからないけど、今は調査中止。オルダーク霊廟は、今は立ち入り禁止区域になってるの」



 ふーむ……。



「その魔物が危険だから、立ち入り禁止になっているのか?」

「多分ね。と言うわけで、レビアンちゃんを行かせられません。今日は大人しく部屋で休みなさい」

「……うむ、わかった。注意喚起、感謝する」



 女将殿に頭を下げ、3階にある客室へ戻る。

 なるほど、なるほど。人面ムカデに加えて、憲兵隊も調査中止。立ち入り禁止区域に指定されている、と。

 …………(尻尾ぶんぶんぶんぶん)






(そんなこと聞かされて、大人しくしている俺ではないのだ)



 フードを深く被った俺は、客室の窓から飛び降り、闇夜に紛れて町を飛び出した。

 深い、深い森の奥。茂みに隠れてオルダーク霊廟を見つめる。

 遺跡のように古びた入口には見張りが2人。憲兵隊の人間だ。

 警備が厳重だな。立ち入り禁止区域だと聞いていたが、2人も見張りに立たせているとは……。



「いよいよ怪しいな」



 どれ。しばしの間、眠っていてもらおう。

 息を潜め、気配を殺し、闇の影に紛れて瞬時に近付く。

 手に持っていた石をあらぬ方向に投げて音を立てると、2人は揃ってそっちを見た。

 首筋に手刀一閃。2人の見張りは、音もなくその場に倒れ込んだ。


 入口から奥を覗き込む。確かにただならぬ気配が伝わってくるが……なんだ、これは。人が1人、2人……いや、もっとか? 気持ち悪いな、この気配。

 このような気配は、久しく感じたことがない。うーむ……。



「行けばわかる、か」



 暗闇に溶け込むように、奥へ進む。

 鬼が出るか蛇が出るか。はてさて、どうなる?

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