第14話 幼女、相対す

 暗闇の中、灯りを付けずに奥へ進んでいく。

 獣人になったおかげで、灯りがなくとも昼間のように明るく見える。それを思えば、なかなかよい体であることは間違いない。

 壁やアーチ型の天井に刻まれている彫刻は、どれも素晴らしいものばかり。伝統的な、死者を冥界へと送るための装飾であり、芸術品としても価値がある。

 確かオルダーク霊廟は、大昔にこの辺を統治していた大貴族、オルダーク家のものだ。今は滅亡し、この霊廟はオコロの町で管理され、昼間は観光地として有名だったはず。

 そんな場所に、このような禍々しい気配……果たして偶然か、はたまた人為的なものか……。


 通路を奥へ進むと、巨大な彫刻の門が現れた。

 門にはオルダーク家の家紋が刻まれていて、来る者を阻んでいるように見える。



「気配はこの奥からか……」



 さて、何が現れることやら。

 門に触れて、押し開ける。

 重く、厚い扉が軋むような音を立てて開かれる。

 突如――壁際に等間隔に飾られていた燭台が、次々と橙色の炎を灯らせる。

 半径10メートル弱の円形状の空間。中央には、オルダーク家の繁栄を願う石碑と彫像が置かれていた。

 周囲には美術品が多数置かれていて、神聖な空間となっている。

 が、それ以上に目を引くのは……こいつだろう。

 全長5メートル。無数の人間の脚と腕、、、、、、が蠢き、泣いた聖母のような仮面を頭に付けている……化け物。

 人面ムカデが、そこにいた。

 2本だけついている、巨大な骸骨のように細く長い腕で体の向きを変え、ジッとこちらを見て来た。



「やはり見たことのない魔物だが……なんだ、貴様?」

「アハハッ。アハハッ。お兄ちゃん待ってー。安いよ安いよ。痛いよー。あそぼ、あそぼ。うえーん。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」



 ふむ。人の声を真似るのか? なんとも、気色悪い。

 だが、気色悪いのは声を真似ることでも、外見でもない。……こいつの中に感じる、無数の人間の気配だ。無理やり集めて、粘土細工をまとめたかのような違和感と気色悪さを感じる。

 まさかとは思うが……人工的に作られた代物、か?



「俺はここにいる虚ろ霊に用がある。大人しく消えろ」

「野鳥ですね。わー。暗いわね」



 直後。人面ムカデの長い腕が持ち上げられ……振り下ろしてきた。

 瞬時に剣を抜き、受ける。

 床にヒビが入り、周囲へ衝撃波が広がって霊廟全体が揺れる。

 思いの外、重い攻撃だ。ここまで重い攻撃は、なかなかお目に掛かれないぞ。やるな、こやつ。

 力を込め、腕を弾き飛ばす。



「どうしてこんな場所に、お前のような奴がいるのかは知らぬが……俺に敵意を向けるのであれば、容赦はせぬ」



 剣を構え、眼光鋭く人面ムカデを睨みつける。



「貴様に恨みはないが……殺す」

「待っててお母さん。お母さん。お母お母お母お母おかおかおかおかおかおかかかかかかかかかかかかか」



 無数の腕と脚を動かし、長い両腕で方向転換しながら俺に向かって突進してくる。

 もちろん、これを真正面から受ける俺ではない。十分な余裕を持って回避すると、人面ムカデは壁に激突した。

 相当の威力だが、霊廟は崩れない。魔法か何かで耐久力を上げているんだろう。こいつをここに隠すには、うってつけの場所というわけか。

 剣を振り上げ、胴体へ向けて振り下ろす。

 が、腕と脚が折り重なるようにして盾となると、胴体まで剣が届かず、数本の腕と脚を斬り飛ばすのみとなった。



「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! お母さんどこおおおおおおおおおおおおお!!」



 痛みは感じるらしい。紫色の血液をまき散らし、暴れる。

 後方に跳躍して暴れ狂う人面ムカデから距離を取り、今の一連の攻防で得た情報を整理する。



(ふむ。ただの腕と脚に見えるが、硬さが尋常ではない、か)



 となると、胴体や頭部はもっと硬いと見ていいだろう。恐らく、鋼鉄以上の硬さがあると思っていた方がいい。

 パワー・硬さ、共に申し分なし。スピードに難はあるが、あの無数の腕と脚、そして長い2本の腕があれば、手数でスピードを補える。



「良いぞ、貴様。――滾る」

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