第15話 幼女、圧倒す

「■■■■■■■■■■■■──ッッッ!!!!」



 断末魔にも似た悲鳴を上げた人面ムカデが、胴体を鞭のようにしならせて両腕をがむしゃらに振るう。

 必要最小限の動きで避け、剣で受け流し、人面ムカデに肉薄した。



「ふっ……!」



 息を吐くと同時に、胴体に向け剣を振り下ろす。

 ザンッ──! 両断することはできなかったが、3分の1程度は斬り裂くことができた。やはり鋼鉄並み……いや、それ以上に硬いな。



「ママあああ! ママああああああああああ!!」



 魂の底から冷えるような悲痛な叫び声を上げ、紫色の血を噴き出しながら回転する。

 当たる寸前に跳躍し、オルダーク家の石碑の上に乗った。



「ふーむ。やはり筋力も、剣の冴えも落ちているか。元の体なら、一撃で終わらせられるんだが」



 だが、今の攻防でわかったことがある。

 全体的に力が落ちている代わりに、動体視力とスピードが格段に上がっている。体重が軽くなった分、身軽にもなっていた。

 体が小さいから、相手の攻撃の的にもなりづらい。

 悪いことばかりと思っていたが、なかなかどうして良い部分もあるようだ。

 ……だからと言って、戻りたくないと言っているわけではないが。

 石碑から降りると、人面ムカデは息を荒らげて威嚇してきた。



「海ィ、広ォい。おいかけっこォ。見てって見てってェ」

「せっかく少しは楽しめるのだ……この体でなければできぬ、獣人の戦法を試させてもらう」



 昔、共に切磋琢磨した獣人の友が使っていた戦法……否、歩法、、か。

 その場でジャンプを繰り返す。

 一回。二回。三回──



「縮地──影置き」

「!?!?」



 直後、半径10メートルの空間に現れた、数十人の俺、、、、、

 原理は簡単だ。一瞬でトップスピードと静止を何度も繰り返すことで、分身を作り出す歩法。

 が、これは分身を作り出す程度のものではない。



「待って待ってー!! あそぼおおおおおお!!」



 人面ムカデが両腕を無造作に振るい、暴れる。

 そのせいで幾つかの分身が潰されるが、さほど問題ではない。

 この歩法の真骨頂は、ここからだ。

 剣を構え、いくつかの分身が人面ムカデに襲い掛かる。

 そして──四方八方から無数の剣撃が、人面ムカデの腕と脚を斬り飛ばした。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■──ッッッ!?!?!?」



 そう。この歩法の真骨頂は……分身一つ一つが、実体を持つことにある。

 簡単に言うと、一回斬ってから別の場所に移動して斬り、また移動して斬る。

 一回の攻撃から、次の攻撃までの誤差はゼロコンマ1秒。これにより、敵はほぼ同時に攻撃されている錯覚を覚えるのだ。

 獣人の俊敏性と動体視力で織り成す剣撃の嵐は、人間の体では終ぞ再現することができなかったが……できたな。

 胴体の左右から生える腕と脚をほぼ切り落とし、残りは巨大な腕のみとなった。



「止まれぇ……草ぁ……ゴミ捨ててぇ……」

「ほう、まだ生きているか。凄まじい生命力だな」



 倒れ込む人面ムカデの眼前に立ち、剣を肩に担ぐ。

 さて、これはどうするのが良いのだろうか。殺すのは簡単だが、何故こんなものがここにいるのか調べる必要があるだろう。

 だがなぁ。これをここに置いたままオコロの町に戻って良いものか。目を離した隙に外に抜け出す可能性もある。参ったな。

 ……仕方ない。試しに聞いてみるとするか。言語を話せるなら、可能性はあるだろう。



「おい貴様。俺の言葉はわかるか?」

「紙……焼き芋おいし……王都、行きたい……」



 ダメだな。やはり、言語を真似ているだけみたいだ。うーむ……。



「ぁ……ぅ……ぅ、ら……」

「む?」



 なんだ? 何か言おうとしているな。

 耳を澄まして、人面ムカデの言葉を聞き取ると……。






「ぅ……ら……れぇ……た……」





 まさかの言葉を発した。

 売られた。今、間違いなく売られたと言ったな。



「誰に売られた? 誰に買われた? 覚えているか?」

「ぁ……ぁ……ぁ……」

「しっかりしろ。頑張れ」



 人面ムカデに寄り添い声を掛けるが、応答がない。微かに声を漏らしているだけだ。

 その時。人面ムカデの仮面の下から、赤い液体が漏れ出る。

 まるで、涙のような……。



「た……ず……げ……で……」

「……わかった。せめて苦しまずに、逝かせてやろう」



 剣を振り上げ、剣気を高める。

 次の瞬間。俺の剣気に充てられてか、人面ムカデの体がわなわなと動きだし、両腕を真上に掲げ……振り下ろした。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!!!」

「一刀閃撃──両面断ち」



 キンッッッ──!

 空間を斬り裂く甲高い音が響き、俺と人面ムカデの動きが止まる。

 数秒後。人面ムカデの頭部が仮面ごと真っ二つとなり、紫色の鮮血を撒き散らして倒れ伏した。

 絶命したのか、無数の人間の気配が一斉に消え、人面ムカデはぴくりとも動かなくなった。



「安らかに眠れ」

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