第16話 幼女、ブヒられる
◆◆◆
「人ッ、面ッ、ムカデッ……? なんですかッ、それはッ……!」
「む? 知らんのか、セリカ」
翌朝。今日も俺の元にやって来たセリカと共に、朝日を浴びながら素振りをしつつ、昨日のことを話した。
どうやらセリカは、人面ムカデの報告を受けていないらしい。あんな巨大な化け物がオルダーク霊廟にいるのに、報告を受けていないなんてあり得るのか、甚だ疑問だ。
「はいッ。今ッ、初めてッ、聞きましたッ――1万!」
金属の棒の先端に、巨大な鉄球を付けた素振り用の模造剣を下ろすと、地面に深くめり込んで軽く揺れた。
どうやらこれは、セリカ専用の模造剣らしい。修行時代には力が弱いことを気にしていたから、鍛冶屋に特注で作らせたものと言っていた。
この模造剣で素振りを1万回とは、なかなかやるな。
汗を拭い、切り株に座って水を呷るセリカ。
一息つき、思い出すように空を見上げた。
「総隊長という仕事柄、アガーソン王国全土から、様々な報告を受けますが……人面ムカデという気色悪いものがいると報告があったら、まず忘れないと思います」
「だが、憲兵隊の監視もあったぞ」
「本当ですか? ということは、この町の責任者……ウゼーが何か知っている可能性がありますね」
ふむ、確かに。ウゼー殿であれば、知っているか。
では、彼の元には後で向かうとして……ん、くあぁ~……まずいな。眠い。
「あら? ふふ。お師匠様、そんな大きなあくびをして、眠たいのですか?」
「なんだかんだあの後、虚ろ霊が出てくるまで張っていたからな。あと、何故かこの体になってから眠くて敵わん」
戦闘のギアが入れば、三日三晩眠らず動けるが……陽光を浴びているせいだろうか。こんなにも眠いとは……。
腕を上に伸ばして伸びると、尻尾の先までピンッと伸びた。
こんなことをしても、眠いものは眠い。あくびが止まらんぞ。
うつらうつらと船を漕ぐ。どうしたものか。
尻尾を脚の間に挟んで前に持ってくると、ギュッと抱き締める。あぁ、ダメだ。眠さで行動まで子供っぽく……。
俺の動きを見たセリカが、何故か口をわーっと開いて、手をワキワキさせてきた。
「お、お師匠様。もももも、もしよろしければ、わっ、私が膝枕を致しましょうか……!?」
「断る。弟子に膝枕をしてもらうなど……くあぁぁ~……」
あ、ダメかもしれない。眠くて眠くて……陽光の暖かさと尻尾のふわふわで、意識が沈む。
まぶたが重い。もう……むり。
◆セリカ◆
「……お師匠様?」
「くぅ……くぅ……」
お師匠様が顔を尻尾に埋め、動かなくなってしまった。
可愛らしい……否、可愛い寝息が聞こえてくる。なんだこの可愛さは。反則級だ。チートだ。ずるだ。
もちろん、男性のお師匠様も心の底からお慕いしていた。……今も、お慕いしている。
だが、女児獣人化したお師匠様の可愛さといったら、世界最強。最高。最カワの権化と言ってもいい。
どんな寝顔なのだろうか。少しだけ、顔を覗き込んでみようか。
お師匠様を起こさぬよう、前かがみになって覗き込んだ。
癖の一つもない、真っ直ぐに伸びた金色のロングヘア―。
美しい金髪と同じ、金色の長いまつ毛。
この世の神秘と言わざるを得ない、整った顔立ち。
そしてこの耳障りのいい寝息。
「……………………でゅふ」
ま、まずいっ。気持ち悪い声が漏れてしまう。でゅふふ。
どうしよう。可愛すぎてどうしよう。私の鋼の理性がぐらつく。
おおおおお、おち、おちちゅ、落ち着くのです、セリカ・レンプテート。私はアガーソン王国全土憲兵隊総隊長にして、『青薔薇の剣姫』。いくらお師匠様が可愛いとは言え、この程度で心が揺らぐような修行はしていません。
目を閉じて深呼吸を1回、2回、3か――ぽすっ。
「ん?」
脚に感じる妙な感触に目を開く。
と……体勢を崩したお師匠様が、私の脚に頭を乗せていた。
そう……膝枕である。
「……ぶ……」
ブヒイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィ――!!!!
◆◆◆
「ん……ふあぁ~……」
いかん。寝落ちした……気が緩んでいるな。しっかりしないと。
体を起こし、辺りを見渡す。日の角度からして、一時間くらい寝てしまったらしい。
そういえば、セリカは……む?
「せ、セリカ、どうした? なぜ悟りを開いたような顔をしている?」
「お師匠様……私はこの世の真理を悟ったのです。可愛ければすべてが許される。可愛ければなんでもいい。可愛ければブヒれる……そう、可愛いは正義なのだ、と」
「……????」
セリカ……なんか、気持ち悪いぞ。本当に……。
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