第17話 総隊長、問い詰める

「申し訳ございません。取り乱しました」

「いや、うむ。気にしていないぞ」



 ただ、しばらくこやつに近付くのはやめておこう。

 なんか、怖い。身の危険を感じるのは、気のせいではないだろう。



「な、何故そんな不審者を見るような目で見るんですか……!」

「どう見ても不審者だろう、さっきのは」

「違いますよ。この世の真理を悟っただけです」



 真顔で言うな。余計怖いわ。

 セリカと一定の距離を保ちつつ、オコロの町の憲兵隊宿舎へ向かう。

 憲兵隊は、隊長と既婚者以外は基本、宿舎で生活をする決まりになっているらしい。ウゼーはこの町の班長ではあるが隊長ではないため、宿舎にいるとのこと。

 目覚めだした町を横目に、憲兵隊宿舎へ向かう。

 宿舎の前にも警備がおり、眠そうにあくびをして立哨していた。



「む? ……そっ、そそそそそそそそ総隊長殿!?!? お疲れ様です!!」

「ご苦労。楽にしてくれ」

「は、はいっ!」



 セリカに労われても、立哨していた兵士は直立不動で動かない。眠そうにしていたのを見られて、まずいと思っているらしい。



「ウゼーに用がある。いるか?」

「う、ウゼー班長は早朝に森の方へ出掛けられました……!」

「森? オルダーク霊廟へか?」

「い、行き先までは……ですが、すぐに戻るとおっしゃっていたので、もうしばらくすればお帰りになるかと」



 ふむ……オルダーク霊廟と聞いて、取り乱していない。こいつは霊廟については、何も聞かされていないようだ。

 セリカも兵士を観察し、同じことを思ったのか小さく頷いた。



「わかった。手間を取らせてすまんな」



 宿舎を離れ、森の方へ向かう。

 もし、まだオルダーク霊廟へいるなら、今から向かえば間に合うはずだ。



「セリカ、走るぞ」

「はい、お師匠様」



 地面を蹴り、超高速で木々の間を縫って走る。

 やはり獣人のスピードは凄まじい。が、セリカはどうだ?

 肩口に振り返り、セリカの様子を見る。

 なんと、今の俺と同程度のスピードだ。さすがは『青薔薇の剣姫』だな。



「もう少しスピードを上げる。着いて来れるか?」

「はいっ!」






 ほぼ全力で走り続けること1時間弱。想定よりも早くオルダーク霊廟へ着いた。

 霊廟の前には、数人の兵士が周囲を警戒している。ウゼー殿が連れてきた兵士だろうが……どこか、挙動が怪しいな。

 俺たちが兵士たちの前に姿を見せると、槍や剣を構えた。



「なっ!? そ、総隊長……!?」

「おっ、お疲れ様ですッ、総隊長殿!」

「お疲れ様です!」

「おぉすッ!!」



 来たのが自分たちのボスだとわかり、全員が武器を収めて敬礼した。



「うむ。ウゼーは中か?」

「は、はいっ」



 やはりここにいたか。

 セリカと頷き合い、霊廟に歩みを進める。



「用がある。通るぞ」

「おっ、お待ちください……!」



 通ろうとすると、2人の兵士が俺たちの行く手を阻んだ。

 まさか止められると思っていなかったのか、セリカが眼光鋭く眉をひそめた。



「なんだ、貴様ら。私たちはウゼーに用がある。通せ」

「いっ、いえっ、その、中は……」

「……まさかとは思うが、何か良からぬことをしているのか?」



 セリカから発せられる圧により、周囲の兵士たちが顔色を青くして俯いた。

 憲兵隊のトップとして、数万もの兵士を纏めあげる圧。なかなか、心地よいものだが……心の弱い者は、そうではないらしい。

 セリカの圧が周囲に充満し、地面にヒビが入る。

 これ、もしや怒りで我を忘れつつあるか? やれやれ、仕方ない。



「セリカ。待て」

「はいっ」



 俺の言葉に、セリカは直立不動になった。圧が霧散し、張り詰めた空気が弛緩した。

 緊張と恐怖で満足に息もできなかった兵士たちが、膝に手を付いて深呼吸を繰り返す。



「兵士諸君、すまぬな。こやつは昔から感情を表に出しすぎるがある」



 剣の柄で、セリカの頭を軽く小突くと、全員信じられないものを見たような顔で目を見開いた。

 それもそうか。総隊長に偉そうにする幼女など、世界を見渡してもいないだろう。



「我々はウゼー殿と話がしたいだけだ。悪いようにはせぬ。悪いが通してもらうぞ」



 もう引き止める気力もないのか、兵士たちは項垂れて何も言わなかった。

 兵士たちを横目に、オルダーク霊廟に入っていく。

 霊廟の通路は昨晩とは打って変わって、燭台やランタンに火が灯っている。

 早足気味に通路を歩き、開け放たれている大扉を潜る。

 中には、ウゼーと数人の兵士が人面ムカデを漁って何かをしていた。



「ウゼー、いるか」

「ん? そっ……そそそそそ総隊長殿ぉ!?」



 ようやく気付いたウゼー殿が、慌ててこちらに走ってくる。

 紫色の血液に塗れて全身がどろどろで、異臭が凄い。少し顔を顰めてしまった。



「そ、総隊長殿、どどどどォしてここに……?」

「そこの人面ムカデについて聞いてな」

「そっ、そうでしたか。いやはや、後で報告しようかとォ……」

「聞けば、この化け物は半年前からいるらしいな。オコロの町を担当している貴様が、その間知らなかった……そんな言い訳は通じんぞ」



 セリカの言葉に、ウゼー殿は口を噤む。他の兵士たちも、顔を伏せて動かない。



「で……どうしてこいつの存在を、私に報告しなかった。答えろ、ウゼー」

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