第18話 幼女、核心を突く
セリカに問い詰められたウゼー殿は、滝のような脂汗を流して口を結ぶ。
果たして、納得のいく理由があるのか。とりあえずは、黙って2人の様子を見守らせてもらう。
セリカが、ウゼー殿の背後に倒れ伏す人面ムカデを指さした。
「オコロの町の担当はお前だ。よもや、お前自身があの怪物のことを知らないとは言うまい」
「そ、それは、その……!」
言い訳を必死に考えているのか、ウゼー殿の目は可哀想になるくらい泳いでいる。もちろん、助け船など出さないが。俺だって、何故こんな化け物を放置していたのか気になっているのだから。
セリカからの圧力を感じてか、ウゼー殿は黙ったまま口を開かない。
「聞けばこの化け物、中から無数の人間の気配がしたらしいな。確かどこかの国では、魔物同士を魔法の力で無理やり混ぜた、キメラと呼ばれる怪物がいると聞いたことがあるが……」
セリカの眼光に、真剣のような鋭さが宿る。
「まさか貴様……生命の禁忌に触れているわけではないだろうな」
「そっ、そんなことはありませんッ!!」
セリカの疑いの言葉に、ウゼー殿は間髪入れずに否定した。
前のめりになり、聖母に縋る哀れな子羊が如く必死に声を紡ぐ。
「確かに、報告しなかったことは事実です。謝罪しまァす……しかしそれには理由があったのでェす!」
「ほう。どんな理由だ?」
ウゼー殿は項垂れ、次に人面ムカデの亡骸に目を向けた。
「仰る通り……あれは人間を混ぜ合わせた人工生命体、キメラだと思いまァす。危険度も高い魔物で、早々に討伐しないといけない怪物でェす」
「ならば何故?」
言葉を選んでいるのか、一瞬だけ口を閉じ、再度言葉を漏らした。
「……あの怪物を構成しているのは、人攫いによって攫われた方々。……その中には、私の妹もいたのでェす」
ウゼー殿の言葉に、言葉を飲むセリカ。
俺も、口を噤んでウゼー殿の話を聞く。
「まさか、あの化け物の中に……?」
「そこまではわかりません。もしかしたら、奴隷として売られたか。はたまた、別のキメラにされているか。殺されているかも……でも、あの中に妹がいたらと思うと、どうしても報告も討伐もできず……ッ!」
ウゼー殿の目から涙がこぼれ落ちる。
さすがのセリカも、ウゼー殿の境遇を思ってか何も言えないようだ。
「お許しください、総隊長……どうか、お許しください、お許しください、お許しくださいィッ……!」
「わ、わかった。わかったから顔を上げろ」
ウゼー殿は頭を地面に擦り付け、涙ながらに謝罪をする。
うーむ……。
「ウゼー殿。良いか?」
セリカがウゼー殿に手を差し伸べるのを止め、彼に声をかけた。
ウゼー殿はゆっくり頭を上げ、くしゃくしゃにした顔で俺を見上げる。
「今の話を聞くに、ウゼー殿は人攫いに余程の怨みがあるらしいな」
「は、はい。もちろんでェす……!」
「では、森で起きた人攫い大量虐殺についても、犯人捜索に乗り気ではない……それで良いのか?」
俺の言葉に、ウゼー殿はぐっと言葉を飲み込み、小さく頷いた。
「正直、その通りでェす。奴らは死んで然るべき──」
「その割には、御者に扮した人攫いを見逃していたのだな」
「ッ……!」
いきなり核心に迫る言葉を口にすると、ウゼー殿は黙り込んでしまった。
セリカは眉をひそめ、首を傾げる。
「御者に扮した……? どういうことですか、お師匠様」
「リンベルとオコロを繋いでいる乗り合い馬車の1つで、人攫いが御者になりすましていたのだ。まあ、俺を狙ったのが運の尽きだったがな」
もし、度々人攫いが事件を起こしていたら、人攫いを許さないウゼー殿であれば捕まえに動くだろう。
「そこまで人攫いに怨みがありながら、偽の御者を見抜けぬような奴ではなかろう。何せ、初対面で幼女の俺を怪しむ眼を持っているのだからな」
淡々と事実のみを連ねる。さっきまで同情していたセリカも、再び眼光鋭くウゼー殿を見た。
「ウゼー。貴様──」
「《フラッシュ》!」
ぐっ!? なんだっ、閃光が……!
目を焼かれ、急激に視界が暗黒に閉ざされる。
が、今の俺は獣人。視覚以外の感覚も研ぎ澄まされている。
聴覚と嗅覚を頼りにセリカを守るように立ち、剣を抜く。
暗闇の中であろうと、気配は雄弁。剣聖として磨いてきた気配読みと獣人の気配探知を合わせれば、目を瞑っていても問題ない。
──と、思っていたのだが。
「む……?」
ウゼー殿の気配が、消えた。まるで霧に巻かれたように、忽然と……。
ゆっくり目を開く。すると、さっきまでウゼー殿がいた場所には誰もおらず、周囲を見渡してもウゼー殿はいない。残っているのは、目を焼かれてのたうち回る兵士のみだった。
「消えた……? まさか、俺の気配探知を掻い潜ったのか?」
「違うと思います、お師匠様。恐らく、転移魔法かと」
セリカも視力が回復したのか、目を擦って周囲を見渡す。
転移魔法とは、特定の場所へ瞬時に移動できる魔法で、魔法使いでも使える者は少なかったはずだ。
「あれは超高度な魔法だと聞いたことがあるが、ウゼー殿は使えたのか?」
「最近は、転移魔法の魔法陣を書いた岩石や布が、闇市で流通しているようです。価格は高いですが、魔力を流すだけで使える優れものらしいですよ」
そんなものを持っていて、逃げたということは……。
「やはり黒か」
「恐らく」
人攫いと共謀し、人を合成してキメラを作る、か。
何か、暗い影のような気持ち悪さを感じるな──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます