第32話 ???、暗躍す
◆◆◆
「えぇ~……嘘、本当に戻しちゃったの? やっべー。化け物すぎません?」
レオルドとサターナの猛攻を舞うように躱していた女が、レビアンの一連の攻防を見てぼそりと呟いた。
レオルドとしても、これには同感だ。普通では有り得ないまさに神の所業に、思わず意識がそちらへ持っていかれる。
「レオルドっ」
「むっ」
突如目の前が火球に覆われるが、寸前でサターナが防御魔法を展開して防いだ。
「油断禁物」
「すまぬ」
火球が目の前から消えると、女はローブをはためかせながら宙に浮いていた。
「ま、いろいろと情報収集はできましたし、良しとしましょう。それに、あの化け物の存在を知ることもできましたし」
「貴様、生きて帰れると思っておるのか?」
「ええ、可能ですよ。あなた方程度じゃ、私を殺せません♪」
いちいち神経を逆撫でする口調に、レオルドは苛立ちを覚える。
「上空なら儂の攻撃は届かぬと見積もっているようじゃが……舐められたものじゃの」
剣を下段に構え、気と力を練る。
レオルドは魔法を使えない。が、人魔対戦を生き延びて身に染みてわかった。魔法を使う相手にも勝てるようにならなければ、この世界で生きていくのを無理だ、と。
魔法ではない、剣を極め会得した、純粋な剣技の一つ。
「秘奧の壱――飛刃・龍牙一閃!!」
下段から上に向け、振り抜く。
直後、一振りで放たれた無数の飛ぶ斬撃が一つに重なり、渦を巻き、空を翔る龍の頭となって女へ向かう。
「ちょッ……!?」
予想すらしていない攻撃だったからか、女は硬直する。
斬撃で作られた龍は女を飲み込むと、身をうねらせて宙を翔け……遥か高い上空で、雪のように消えた。
「迫りくる無数の刃によって、敵はなす術もなく死ぬ。……だと言うのに、貴様……しぶとすぎじゃろ」
消えた刃の中から、全身ぼろぼろで血を流し、息も絶え絶えな女が姿を現した。
だが、右腕が肩あたりからごっそり削れている。左半身は、防御魔法の展開が間に合ったようだ。
「フーッ、フーッ……あ、あっぶなぁ。殺されるところでしたよ」
「いい加減、大人しく殺されてくれんかのぅ。貴様は害悪じゃ。この世に存在してはならん」
「はぁ?? 生物の生き死にを決めるなんて、神にでもなったつもりですかぁ??」
相当なダメージを受けているのに、相手を煽り忘れない。むしろここまで来ると、感服してしまう。
「まあいいです。防御魔法を展開した私には、もう物理攻撃は通用しませんし、このまま――あ?」
「あ」
下から見上げていたレオルドが声を漏らす。背後から放たれた超高密度の魔法が、女の体を貫いたのだ。
出所を見ると、ついさっきまで隣にいたサターナが女の背後を取り、片手を女に向けていた。
「確かに、レビアンという例外はあるけど、防御魔法は物理攻撃を弾く。でも超高密度に圧縮し、貫通に特化した魔法を防ぐことはできない。勉強し直した方がいいよ」
「が……はっ……!? そ……んな……」
力尽きたのか、女が落下していく。
削れた右腕と穿たれた心臓。落下時に折れた首。間違いなく死んでいる。
レオルドが女に近付くと、はだけたフードの下を見て目を見開いた。
「これは……?」
「レオルド、どうしたの?」
「嬢ちゃん、こいつの顔を見てみなさい」
「……なるほど、そういうこと」
現れた女の顔は、右側は普通の女なのだが……左側が、変に歪んでいた。
歪んだ三つの目。硬化した青い肌。小さい角。間違いなく、人間のものじゃない。
「これは、キメラか?」
「多分。でも人間じゃない」
「では、まさか……」
嫌な予感に、レオルドが顔をしかめる。
サターナは頷き、その肌を優しく撫でた。
「うん。……魔族」
◆◆◆
「――あれ? あーあ、死んじゃったんだぁ」
空が赤黒く染まり、見渡す限り無数の棘のような山が連なる空間。そこにいた青い肌の人影が、子供のような声で残念がる。
「せっかく、私の肉片に適合する人間を見つけたのに……ざーんねん♪ でもいっか。まだ在庫はいっぱいあるからね☆」
右手を掲げると小指の先が欠けていたが、瞬く間に再生して、人間離れした鋭利な爪が現れた。
「でもさすがに報告はしなきゃなぁ。怒られるのだり~」
人影は背中にある蝙蝠のような翼を広げると、大きく羽ばたかせて宙を舞う。
後に残されたのは、棘の下に積まれた人間たちの肉塊だけだった。
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