第31話 幼女、解放す
「くっ……!」
初めて焦りの表情を浮かべた女が、指先で異形人間に指示を出しながら後退する。
異形人間は唸り声を上げ、俺たちに向かって突進してきた。
先頭を走っていた俺が異形人間とぶつかった瞬間、2人はすぐ横をすり抜け、女へ向けて走っていく。
「ようやく、タイマンだ」
『■■■■■■■■■■■■■ッッッ──!!!!』
正確には、中に複数の人間がいるけどな。
異形人間は雄叫びを上げ、4本の巨腕と6本の触手のような腕で猛攻を仕掛けてくる。
速く、鋭く、重い。
そして……悲しみと、苦しみ。こやつの思いが伝わってくるような攻撃だ。
攻撃のひとつひとつが叫んでいる。苦しいと。助けてくれと言っている。
「辛かっただろう。痛かっただろう。……安心せよ。俺が必ず、救ってやる」
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!』
猛攻がより激しくなる。と言っても、型もリズムも関係なく、腕を振り回しているだけ。これでは攻撃というより、子供の駄々みたいだな。
すると、触手の腕が俺の両脚に向かって絡みついて来た。逃げぬよう、縛り付けるつもりか。
「フッ!」
気合い一閃。触手を斬ると同時に、少しだけ距離を取る。
だが異形人間は読んでいたのか、俺が跳躍した方へほぼ同時に跳躍し、追いかけて来た。
動体視力も、反射神経も凄まじいが、俺も剣聖の名に懸けて負けられん。
崩れた廃教会の瓦礫を利用して高速で動き回る。
異形人間は多少不器用なのか体を瓦礫にぶつけるが、持ち前のフィジカルで瓦礫を粉々に砕いていく。
『おにご、こォー!!』
『おねぇじゃぁん!!』
「うむ。鬼ごっこだな」
双子姉妹の顔、どこか嬉しそうに笑っている。どんな体になっても、遊びが好きなのは変わらぬか。
と、その時。異形人間の体に埋め込まれている顔が一斉に口を開いた。
喉の奥に妖しい光りが灯り、揺らめく。
(まずいッ)
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ──!!!!!!』
咆哮と共に放たれる魔法の集中砲火が、俺を包む。
熱い。冷たい。痺れる。痛い。数秒が永遠のように感じられるほどの魔法の奔流だ。
体にダメージが蓄積していく中、どれだけの時が経ったのかわからない。気付けば辺りは土煙で覆われていた。
『フシュー……』
「……けほ。今のは危なかったな」
『!?』
剣圧で周囲の土煙を吹き飛ばすと、目を見開いた異形人間が愕然とした面持ちで立っていた。
「何を驚くことがある。俺に魔法が効かないのは知っているだろう」
『ぁ……ぇ……?』
どれだけ至近距離で魔法を撃たれようと、すべてを逸らし、弾き、斬り落とす。
これができなければ、剣聖を名乗る資格などない。
これができない俺は、剣聖ではない。
「剣ひとつで、不可能を可能にする。……だから俺は、剣聖なのだ」
剣先を異形人間に向け、目を凝らす。
全身に漲る膨大な魔力が、生体創生魔法の核を隠している。並みの人間では見抜けぬが……俺にはわかる。
魔力の強さ、揺らぎ、濃淡。そこから推察するに、魔法の核は……。
「なるほど、鳩尾……水月か」
『ッ!! ■■■■■■■■■■!!!!』
弱点を見抜かれたからか、異形人間は全身から更に魔力を迸らせ、魔力の膜を作った。
加えて、四肢の先から皮膚が鈍色の変色していく。全身から金属の棘が生え、死角のないフォルムへと変貌した。
あれは確か、岩石系身体強化魔法、《アイアン・メイデン》。昔戦った魔族が得意としていたな。
『■■■■■■■■■■■■■!!!!』
全身を硬化させた異形人間が、咆哮と共に暴れ回る。まるで俺を核へ近付けさせないように。
ふむ……。
「温い」
一瞬呼吸を止め、剣を閃かせる。
直後、全ての腕が輪切りとなり、血を撒き散らして地面に落ちた。
『!?』
「全集中した俺の剣技を止めたければ、《オリハルコン・アーマー》でも習得するんだな」
異形人間は地面に膝をつき、肩で息をする。
それでも、まだ俺の方が小さい。どれだけでかいんだ、こやつは。
『ぁ……ぁぁ……ぁぅ……』
『やぁ……やだぁ……』
『死に……死に……死にたく……』
顔のひとつひとつから、悲壮的な感情が読み取れる。
怯えておる。無理もないか。このままでは、殺されかねぬからな。
「安心せい。殺しはせぬ」
絶望で項垂れる異形人間の頭に手を添えて、ゆっくり撫でる。
恐怖に満ちていた顔が、少しずつ俺に縋るような顔になっていった。
「お主らの気持ち、よくわかる。こんなところで死にたくは無いよな。……俺に任せろ。必ず、助けてやる」
『ぁ……ぁぁ……』
『だず……げ、で……』
『ままぁ……ぱぱぁ……』
『妻に……会ぃだぃ……』
それぞれの顔に生気が戻っていく。
うむ。では……行くぞ。
剣を構え、全神経を集中する。
視える。魔法の核が。
全集中により、剣とこの身が一体になる感覚を覚える。
そして……水月にある、魔法の核へと突き刺した。
──バリンッッッ……!!
硝子が砕ける音が周囲に響き、異形人間の体が青白く発光する。
光が徐々に強くなると、切断された腕ごと光の粒子となり、泡のように弾け……総勢34人の、全裸の老若男女が姿を現した。
「こっ、これは……?」
「私たち、戻ったの……!?」
「じ、自由だ……自由だああああああああ!!」
「お家に帰れるのね!」
「ぱぱ、まま!」
「良かったっ。本当に良かったぁ!」
自分が裸というのも関係なく、34人が諸手を挙げて喜ぶ。
人を助けた時の笑顔。これ程、素晴らしいものはないよな。
「「お姉ちゃん!!」」
「ん? おっと」
突然飛び付いてきた幼女姉妹を抱きとめる。
2人は俺に擦り寄り、にぱっと笑って見上げてきた。
「「あそぼ!!」」
「……はは。うむ、そうだな。帰って遊ぶか」
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