第29話 老兵、圧倒す

   ◆◆◆



「ひひひひひ! まだまだ行きますよォ!!」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!」



 ウゼーの魔法攻撃が激化し、蜘蛛女の攻撃も激しくなる。

 蜘蛛女はレオルドが受け、魔法攻撃はサターナの防御魔法で大半は防ぐが、手数の量が尋常じゃない。油断すると、防御魔法すら突破されそうだ。



「ひひッ、いーひっひっひ! 防いでいるだけじゃ勝てませんよォ!」

「喋らないで。気持ち悪い」



 ウゼーの声に嫌悪を感じる。ここまで欲と悪意の塊のような生物に出会ったのは、初めての経験だった。

 だがサターナは、それでも魔法を防ぎ続け、隙を見て攻撃する。あれだけの手数の魔法を使うウゼーの意識を、自分に集中させるためだ。

 ウゼーより、間違いなく蜘蛛女の方が強い。レオルドも苦戦しているのに、大量の魔法攻撃の援護まであったらレオルドでもやられかねない。

 今の自分の役割は、あの外道を自分に集中させることだ。



「何か企んでいるようですがァ……かーんけいありませェん! ぶちぶちぶちぶち殺しておしまいでェす!」

「魔法のまの字も知らないお子様だね。甘すぎるよ」



 それに、こうしていればいずれ隙が生まれる。

 魔法に精通している自分だからわかる、絶対の隙。それを待つ。そのために、待つ。耐える。忍ぶのだ。



(でも押し切られちゃうかもしれないから、頼んだよ、レオルド)



   ◆◆◆



「むんッ!」

「■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」



 レオルドの剣撃と、蜘蛛女の腕が交錯する。

 僅かに傷はつけられるが、やはり硬い。仕込み杖程度の強度の剣では、この硬さを斬るのは無理だ。



「全盛の儂なら斬れたかもしれんが……やれやれ、歳は取りたくないもんじゃわい」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ――!!」



 蜘蛛女は6本の腕を振るい、暴れ狂う。凄まじい攻撃だが、不規則の中の規則的な攻撃を見破り、避け続ける。

 その間に、分析を始める。

 さっきレビアンを追っていた触手は、再生はしているものの、レオルドとサターナの攻撃によって切断されていた。

 なぜあれだけ斬れたのかがわからない。あの2本だけが柔らかいなんてことはあり得ないだろう。

 つまり、考えられるとすれば……。



「ふっ」



 小さく息を吐き、体を揺らす。

 揺らり、揺れて、揺ら揺らと──。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!!!!」



 蜘蛛女の触手が蠢き、束になって襲いかかって来た。

 ……が、その場にレオルドの姿はない。いつの間にか、少し離れた場所に移動していた。

 触手がわななき、またレオルドを襲うが、霞のように消える。

 何度も、何度も、何度も。



「幻視──霞の歩」

「!?!?」



 攻撃しては消え、消えては現れ、また消え……蜘蛛女は驚愕に目を見開き、その場に固まった。



「ほれ、ここじゃ」



 突如死角に現れたレオルドの剣が閃き──ザンッ!! 触手のひとつを根元から切断した。



「■■■■■■■■ッッッ!?!?」

「やはり思った通り。貴様、知覚できぬ攻撃は防げぬな?」



 弱点が見えたからには、やるべき事は簡単だ。

 死角に回り込み、意識の外から攻撃を繰り返すのみ。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!!!!!」



 怒り、暴れ狂う蜘蛛女だが、レオルドの姿を捉えることができない。

 消えては現れ、触手や脚を断ち切り、また消える。まるで幻のように。

 圧倒的猛攻と連撃が蜘蛛女の再生力を上回り、瞬く間に触手や蜘蛛の足を切断され、その場に倒れ伏した。



「ゴッ……オ゛ッ……ギッ……」

「どれだけ怪物に見えても、弱点がわかればなんてことはない。ただの虫と同じよ」



 一連の猛攻を横目で見ていたサターナと、いつの間にか攻撃の手を止めていたウゼーが、唖然とその様子を見た。



「すごい……めちゃめちゃ強い」

「ほっほ。なぁに、レビアン殿には遠く及ばんが、これくらいはな」



 レオルドが剣を担ぎ、朗らかに答える。

 その時、ウゼーが顔面蒼白で蜘蛛女に近付いた。



「あ、あなた、何をしているのでェすか!? 立て! 再生してアイツらを殺すのでェすよ!!」

「無駄じゃよ。戦意を折ったからの。いくらキメラでも生物である以上、己より強い者には逆らわん。それが自然の摂理じゃ」

「黙れ!!」



 怒りに任せ、蜘蛛女の胴体を蹴るウゼー。何度も何度も、地団駄を踏むように。



「テメェみてェなゲロキモ化け物、相手を殺すことしか能がねェんですから、さっさと戦えって言ってんですよォ!! 脳ミソまで虫でできてんでェすか!?」



 直後。急に動き出した蜘蛛女が大きく口を開け。



「バクッ」

「あ゛」

「「あ」」



 食った。頭から。

 ──ガリッ、ボリッ、メキッ、ブチッ。ごくん。

 嫌な音を立て、そのまま飲み込んでしまった。



「フシュー……」

「憐れ」

「悪人の最後とはそんなものじゃよ。……む?」



 突然、廃教会が震えるほどの地震が起き、聖堂がミシミシと音を立てた。

 明らかな異常事態。間違いなく、この下から伝わってくる。



「まずいな……嬢ちゃん、逃げるぞい!」

「うい」



 危険を察知したレオルドとサターナが、脱兎のごとく外に向かった、次の瞬間。巨大な爆発と共に地面が捲れ上がり、教会が瞬く間に崩れ落ちた。



「■■■■■■■■■■■──!?!?」



 蜘蛛女から断末魔の悲鳴があがる。が、それに構っている余裕はない。

 間一髪外に出ると、冷や汗を拭って息をついた。



「ギリギリじゃの」

「うん。……あ、レビアン」

「む?」



 上空を見るサターナに釣られて、レオルドも見上げる。

 そこには、腕を剣のように変化させた異形の人間と斬り結んでいる、レオルドがいた。



「なるほど。強いな、奴は」

「手助けする?」

「うむ」



 再び剣を構えるレオルドと、魔法を準備するサターナ。

 が、動き出す前に静止した。

 上空から見下ろしてくる、レビアンの黄金の瞳が、こう言っている。



『邪魔をするな』──と。

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