第20話 幼女、諭す
事件から二日が経った。結局あのまま、ウゼー殿の足跡は辿れず、行方不明に。
あの場にいた兵士たちは、「ウゼーの話を信じる魔法」が掛けられていたようだ。専門家曰く精神系の魔法に近いみたいだが、今はそれも解けている。
現在オコロの町の憲兵隊は、仮でセリカが指揮を執っている。絶世の美女で名高いセリカの指揮に、兵士たちはやる気に満ち溢れている。
セリカは現場や隊舎での指揮が忙しいらしく、この二日は俺の元に現れていない。
最近は奴の相手で時間がなかったからな。ようやく、自分の時間もできた。
朝の稽古と瞑想を終え、今は一人でのんびりと森の中を散歩中。狼の獣人だからか、よく散歩に行くことが多くなった気がする。
散歩はいい。気分が穏やかになり、心身共にリフレッシュできる。
人間の体ではそんなこと感じなかったが……獣人になったおかげだろうか。常に気を張るのではなく、気分転換が大事だと気付かされた。
……別に獣人最高なんて思っているわけではないぞ。勘違いしてもらっては困る……って、俺は誰に言い訳をしているのだ。
森の木々になっている果実をもぎり取り、おやつに噛り付きながら歩き続けると、大きな川に出た。
流れは穏やかだが、向こう岸まで結構な距離がある。深さまではわからないが、ここを進むのは得策じゃなさそうだ。
「……綺麗な川だ……」
「そうでしょう?」
む? ……誰だ?
声をした方を振り返ると、木の上に人影が座っていた。
純白のワンピースを着ていて、手を隠すほど長い袖が服と分かれている。
エメラルドグリーンのウルフヘアと、同じくエメラルドグリーンの優しげな瞳。
そして特徴的な、この世の美を凝縮したかのような容姿と、
「──エルフ族か」
「そういう君は、獣人族だね」
エルフの少女が指を僅かに振るうと、周囲の風が揺らいで渦を作った。
渦の上に足を乗せ、ゆっくり下に降りてくる。
紛うことなき、魔法。神の御業に他ならない。
エルフ族とは、この世で最も珍しい種族と言われる個体数の少ない種族だ。
魔法は彼らから生まれたと言われるほど古の時代から生きている長命種であり、人生で1度も見かけずに生涯を閉じる人間も珍しくない。
そんなエルフ族が、こんな場所にいるとは思わなかった。
が、それ以上に……まさか俺に気付かれず、こんなに接近されるとは思わなかった。相当の手練というのは、間違いない。
「何者だ?」
「サターナだよ。この森に住んでるんだ」
「そうか。俺はレビアンだ」
「よろしく、レビアン」
魔法で降りてきたサターナ殿は、かばんに入れていた果実を取り出してかぶりつく。
背は俺より高い。もしかしたら、セリカより高いか。
「どう? 君も食べる?」
「気持ちだけ受け取っておく」
彼女は川辺に座り込むと、自身の横を叩いてニコッと微笑んだ。座れ、ということらしい。
何が目的かわからない以上、無闇に従うわけにはいかぬが……気配からは害を感じられない。一先ず、座るか。
サターナ殿から少し離れた場所に座り、共に川の方を見る。
「サターナ殿は、何故森に住んでいるのだ?」
「サターナでいいよ。堅苦しいのは嫌いなんだ。ちょっと、あるものを探してるんだよ。この森にあるはずなんだけどさ」
過去を懐かしんでいるのか、半ば諦めているのか、サターナは遠く川の方を見つめる。
「あるもの?」
「ちょっと前に、一緒に旅をした男がくれた指輪。旅の途中、ここで魔族に襲われてね。落としちゃたの。エルフは物に執着しないから、あまり意識してなかったんだけど……最近ふと、思い出してさ」
ふぅむ……指輪となると、かなり小さい。この広大な森の中を探すのは、至難の技としか言いようがない。
「どれほど探している?」
「20年くらいかな」
「に……」
さすがに目を見開いた。エルフ族の時間感覚は人間とはかけ離れていると聞くが、そこまでか。
「では、失くしたのは?」
「100年前だよ。そんなに経ってないから、その辺に転がってると思う」
思わず頭を抑えてしまった。そんな昔に失くしたものを、今更見つけられるはずないだろう。
だがサターナは見つけられると思っているらしく、不思議そうに首を傾げている。まあ、彼女が信じるなら、水を差すわけにはいかんか。
「魔法で見つけられないのか? 物を探す魔法とかあるだろう」
「あるけど、覚えてない。聖地アガードにはあると思うけど、そこまで行くのが面倒くさいし」
ふむ、聖地アガードか……。
「今度そこに向かうのだが、お主もついてくるか?」
「え、やだ」
即答だった。
「何故だ。ここで宛もなく探すより、アガードに向かった方が確率は高いぞ」
「道中、疲れるんだもん、あそこ」
「それは、まあ……」
サターナの気持ちもわからんでもない。魔物は大したことないが、環境に殺されかねないからな。
「それより、君が私の匂いを頼りに探してくれた方が、可能性あるよ」
「100年前に失くしたものを嗅ぎ分けられるわけないだろう」
しかもそれだと、前提として女性の匂いを嗅がなければならない。いくら今の俺が女児でも、心は男であり剣士。気持ち的にはばかられる。
「そう……」
……珍しいな。エルフが寂しそうな顔をするとは。
長命種のエルフは、物に執着しないどころか、自分以外の全てに興味がない。
王国が興り、滅ぶまで生きると言われるエルフにとって、ほぼ全てのものは、生きているうちに無くなるからだ。
「何故そこまで、指輪に執着する?」
「……わからない」
食べ終えた果実の残りを地面に置くと、小動物が寄ってきて持って行ってしまった。
「ただ……毎晩、あいつの夢を見る。私を見る瞳の柔らかさも。私に触れる熱も……当時のことを鮮明に思い出す。……それだけだよ」
……そうか。サターナは、その者のことを……。
「遠きに行くには必ず
「え?」
「手間であろうと1つずつ順序だてて進めていけば、いずれ目的も達するだろう」
立ち上がり、サターナに背を向ける。
「俺はあと数日、オコロの町に滞在する。気が変わったら俺を訪ねろ」
サターナの視線を背中に感じつつ、森の奥へ入っていく。
まあ、ここで出会ったのも何かの縁だ。手を差し伸べるくらい、罰は当たらんだろう。
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