第22話 幼女、見とれる

「まったく、失礼な奴め」

「すみません。どうしてもそうとしか見えず」



 リシダが笑いを堪えて平謝りし、セリカも苦笑いを浮かべる。

 まあ……正直、俺も似たように思ったから、何も言い返せん。ただ、自分が思うのと他人に言われるのは大きな違いだ。そこは理解してほしい。

 二人にも食い物を押し付け、三人で消費していると、ふと疑問が浮かんだ。



「ところで、二人はどうして一緒にいるのだ?」

「見回りも兼ねて、セリカさんを案内しているんです。豊穣祭は、オコロの町を代表するお祭りですから」とリシダが答えた。



 なるほど、そういうことか。だからセリカも、いつもよりちょっと軽装なんだな。いつもの鎧ドレスではなく、少し洒落た青と白のドレスを身にまとっている。まあ、武人の誇りである剣は腰に携えているが。

 セリカはくもあめを口に含み、油断のない視線で周囲を見渡す。



「こういう祭りの時は、不審者も入り込みやすいですからね。ウゼーの行方もしれない今、直に歩いて警戒するしかありません」

「兵士の鑑だな。だが、これだけ人が多いと全部を警戒するのは難しいだろう。用心しろよ」

「はい」



 2人と別れ、豊穣祭の主会場である広大な田畑へと足を運んだ。

 大通りは子供や観光客向けに露店と屋台が並んでいるが、祭りのメインとなるのはこっちだ。

 土地神に豊穣を祈り願う。今の若者には退屈なのかもしれんが、せっかく見学できるのだから、ありがたく見させてもらおう。


 田畑までやってくると、手前の広場に巨大なやぐらが建っていた。やぐらの上では、神子に扮した3人の女性が舞いを踊っている。

 笛や太鼓で音楽を奏で、鈴の音と祝詞が田畑に響く。

 やぐらの下には田畑で採れた野菜が積まれ、農家やご老人たちが手を合わせて祈りを捧げていた。



「ほう。これは見事な……」

「そうじゃろ」

「む? おお、レオルド殿」



 以前出会ったご老人、レオルド殿が杖をついて歩いてきた。

 豊穣祭に参加しているのか、少し豪勢な衣服に身を包んでいる。よく見ると、周りにも似たような服を着たご老人がたくさんいた。



「この地域に続く伝統的な祭りじゃ。レビアン殿も、存分に楽しんで行ってくだされ」

「ありがとうございます」



 レオルド殿と並び、広大な田畑に視線を向ける。

 時間を追うごとに、田畑に降り注ぐ陽光が煌びやかさを増しているように感じた。

 供えられている野菜が光りを帯び、輝く。まるで、神に祝福されているかのように幻想的だった。



「とても素晴らしいですね」

「うむ。儂はこの祭りが好きでの。毎年の楽しみなのじゃ」



 確かに、これは楽しみにするのも頷ける。神秘的で美しい光景に、つい魅入られてしまうな。



「レビアン殿は、神を信じるかね?」

「神を、ですか?」



 何を唐突に言っているのだろうか。



「おっと、怪しい勧誘というわけではないぞ。ただの世間話じゃ」

「……信じてはいません。見たことがありませんから」

「ほっほっほ、正直じゃのう」

「すみません」

「よいよい。人による」



 レオルド殿は田畑を……その先の過去を見つめるように、遠い目をした。



「儂はな、信じとる。というより……見たのじゃ。神を。あの戦場で」



 あの戦場。つまり人魔大戦でか。

 レオルド殿はにこりと笑い、袖を捲った。

 そこには深々と刻まれた傷が走り、今はもう痣となっている。



「儂の右半身は、先の大戦で魔族の放った魔法により焼き爛れておる。その場には、儂以外に生き残った仲間は数人。全員虫の息で、いつ死に絶えてもおかしくなかった。……そこに、現れたのだ。黄金の髪を靡かせ、神聖なオーラと鬼のような圧を放つ……神が」

「それは……」

「幻覚ではないぞ。生き残った仲間も全員、見たと言っている」



 それは失礼。



「雷神の如く速く動き、鬼神の如く数十体の魔族を屠る後ろ姿。今でも忘れんよ」



 ほう、そうだったのか……俺も大戦には参加したが、そのような者は見たことがない。

 それが武士もののふなのか、本当の神なのかはわからぬが、いつか相見えてみたいものだ。そしてできることなら、是非とも稽古を付けてもらいたい。



「もしやレオルド殿の強さも、その神に憧れて?」

「ほっほ。いやいや、儂など強くはないぞい。しかし恥ずかしながら、今でも棒切れを振り回しておるよ」



 ご謙遜を。全身から滲み出るオーラは、歴戦の強者のものだ。セリカといい勝負……いや、セリカでも下手をすると、足元を掬われるだろう。

 話していると、神楽と祝詞の奉納が終わったらしい。人々が散り散りに去っていく。



「いやはや、良いものを見せていただきました」

「うむ。もうしばらく祭りは続くでな。レビアン殿も楽しんで……」

「あ、あの!」



 その時。俺たちに向かって、2人の若い夫婦が走ってきた。例の双子姉妹に両親だ。

 何やら切羽詰まった顔だが、何かあったのだろうか。

 夫婦は息を切らせ、俺の肩を掴んできた。



「む、娘っ。娘がいなくなってしまって……お願いしますっ、2人を捜してください……!」



 ──何……?

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