第8話

 ストレッチャーにうつ伏せで寝かされて失神していたアイーダの目の前に、『女帝』自らが現われて、部下に気付けの冷水を浴びせかけさせた後、その部下を下げさせた。


「貴様はっ、プライドとかそういうものはないのかッ」


 拘束衣でがんじがらめにされたアイーダは顔を上げ、精根は尽き果てたがそれでも死んでいない目で、まるで極悪非道の皇帝とは思えない、泣きそうな顔をしている『女帝』を見る。


「ど、どうしたよ? そ、それじゃ……、本来は心優しい人間みたい、だぜ……?」

「抜かせ!」


 『女帝』は手にしている馬用のムチをアイーダに振り下ろすが、かなり躊躇ためらった動きだったせいで、彼女はうめき声すら上げなかった。


「ほらな? 元来暴力なんざ振るえる人間じゃないんだよ。そういえばアンタはアタシが拷問されてるとき、目を逸らしたりしてずっとこっちを見てもなかったな。

 大体にだ、絶対権力者なんだから、こんな面倒くさい事しなくても、最初にノーと言った時点でアタシをぶっ殺せばそこで終わっただろ?

 そうそう、今までアンタに粛正された人間について調べたが、公か私か、あるいは両方で人の道を外れた連中だったぜ。

 で、その被害者全員へだって、かなり回りくどい方法で救済支援して、きちんと前を向いて生きられる様にもしている。

 つまり、アンタの実態は割と善良な一般人の感性を持った1人の人間なわけだ」


 散々痛めつけられているにもかかわらず、恐怖や怒りを一切含まない穏やかな顔で、アイーダはその事に油汗を流しておののく『女帝』に対してつらつらと推理を披露した。


「重税を課しても、それはインフラ整備とかで全部国民に還元されてるよな? そんな人間が、なんでデマまで流して極悪非道の残虐皇帝を演じてんだよ」

「う、うるさいっ! それ以上言うなっ!」

「やっと素が出たか。まあ理由には当たりが付いてるけどな」


 口調の堅苦しさがつい抜けてしまい、『女帝』は目を見開いて自身の口を塞ぎ、それを見たアイーダは少し嬉しそうに微笑んだ。


「この国ってアンタが君臨するまでは、『七貴族』の陣営が血みどろの権力争いをしてて、勝つためには内憂外患を招いてもお構い無し、みたいな状態だったんだろ?

 民衆はそっちのけでやってるもんだから、犯罪と貧困が蔓延る地獄みたいに荒れて崩壊寸前だった国を見たアンタは、『七貴族』を蹴落として皇帝になったんだってな。


 でも、その残党は未だに健在だし、反乱の種火やらなんやらが年中燻くすぶってる。そんでアンタは自分が巨悪として君臨して、その芽を摘んだ上で反『女帝』で団結させ、公爵同士が争わない様にして善良な臣民の命を守ってる。だから、善良だとバレたら困ると」

「……それが分かっているなら、なんで知らしめようとするの……? どうしてそんなになっても止めようとしないの……?」

「アンタが素でやった方が絶対良い国になると思ってな。そんで、アタシは善人が悪人と思われたまま死んでいくのが我慢ならんわけだ。な、止めようぜもう」


 そんだけさ、と言って、被っていた冷徹さの皮が完全に剥がれ、涙が瞳からこぼれている『女帝』へ、アイーダは慈しむ様に目を細める。


「そんな事を私は求めてない! 私が何のために地獄を作ったのか、どうせお前には分からないでしょ!」


 だが、『女帝』は殺さんばかりに睨み付け、その誘いを全力で否定した。


「私が最悪で無くなってしまえば、私が殺した人や、私を最悪にするために死んだ人が浮かばれないでしょ! だから私を最悪でいさせて!」


 前屈みで激しく息を荒げて、ボトボトと涙を流しつつ『女帝』はアイーダへ懇願する。


「あー、わかったわかった。そういうことを言わせるつもりじゃなかった。言う事聞くから落ち着け」


 逆に誰か来ないかと焦っているアイーダは、どっちが責められてんだかわらんな、と言ってから謝った。


「はい息吸って――ゆっくり吐く」


 痛めつけられて拘束されている側が、している側へ落ち着かせようと指示を出す、という珍妙な光景が繰り広げられた後。


「……全く、地獄に蜘蛛くもの糸を垂らすようなマネを」

「アタシはそんなありがたいモノになった覚えはないけどな」


 『女帝』の風格を取り戻した彼女が、扇子で口元を隠しながらぼやくと、お釈迦様おしゃかさまじゃないぞ、とアイーダは少し困った様子で笑った。





「――てなわけで、なんやかんや釈放されたんだが、さあ仕事再開、ってタイミングで、知っての通りこっちに来る事になったわけだ」


 公安局まで護送される人員回収用のヘリコプター内にて、アイーダは電脳通信で『女帝』との奇妙な関係をナビとカガミに説明した。


「アイーダさんへの暴行を除けば、言われるほど『女帝』サンって最悪でも無い様な……?」

「いいや。アイツは性根から腐ってやがる最低最悪の人間だ」


 アイーダはそこで1度切ってから、


「なんたって、アタシの善意に感謝もしなかったんだぜ?」


 ニヤッとして、彼女が普段口にしない独りよがりな事を言っておどけた。


「そう考えると最悪ですね! ヌウーッ! 許しがたい!」


 眉間に強くシワを寄せたナビが、それに乗っかって勢いよく腕を組んで言った。


「なるほど……。まあそういう事にする、か……」


 一方カガミは、立場上はっきりとは言わなかったが、躊躇ためらいがちに1度頷いてナビに同意した。


 それから約半日後。


 事後処理に現場へと戻るカガミに送って貰って、アイーダとナビはやっと事務所に帰ってきた。


 とりあえず間に合わせで着た、ワイシャツとスラックスを自身のものに戻し、一息ついたところでアイーダは急に自分の身体を抱きしめてガタガタと震え始める。


 熱かと思ったナビが電脳から計測するが平熱で、そのついでに確認したホルモン量から、アイーダがひどく怯えている、と分析した。


 そんな主人を見て、ナビは茶化すどころか何も言わずに、どうぞ、と腕を開いてその身に抱きつかせて、震えが止まるまで待っていた。

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機械仕掛けの悪魔 -Ghost_Writer- 赤魂緋鯉 @Red_Soul031

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