第3話
「風呂と洗濯機はこの部屋だ。一応、浴室まで全自動クリーニングはしてあるはず。洗濯機は入れるだけで全部やってくれるタイプだ」
「おお悪いな。もろもろ借りるぜ」
「わー! 私も連れて行って下さいよー!」
雑巾くさいコートを脱いだアイーダは、ごく自然に腕のサイバー端末をテーブルに置いていこうとし、ナビは両腕をブンブン振って呼び止めた。
「冗談だよ」
「ですよねー! アイーダさんは私とセットじゃないとダメダメですからー!」
「やっぱ置いて行くか」
「ダメを1個増やしてすいませんでしたー!」
「一言多いんだよお前は」
終始イタズラっぽく笑っていたアイーダは、結局サイバー端末をしっかりと手にして風呂場へと消えていった。
「あっ、どうしてタオルで隠されるんですかーッ 見えないじゃないですかっ」
「なんかお前録画とかしてそうだし」
「偏見ですーっ! ちゃんとその辺りのモラルに配慮出来ますから私ーっ」
「信用できねえなぁー」
ややあって。
雑巾臭までまとめてサッパリ落とし、飾り気も色気もへったくれもない紺の部屋着に着替えたアイーダが、ソファーの中央寄りの右側に腰を下ろした。
「――で、なんでしがない探偵であるアタシが、焼け出された挙げ句、事務所をメコン川くんだりまでぶっ飛ばされる羽目になってんだ?」
合成ノンアルコールウイスキーのロックを手に、アイーダはボディを交換してホログラムキーボードで報告書を作る、少し離れたところに座るカガミへ訊ねる。
「本当ですよ! アイーダさんとナビちゃんの愛の巣がっ」
「お前は巣材だけどな」
「それじゃハンガー扱いじゃないですかーっ」
ちなみに、備品も食料も自由に使っていいと言われたため、アイーダは容赦なくつまみのチーズまで拝借していた。
「ところで、なにノンアルなのに格好付けてるんですか?」
「クソ
カラカラ、とグラスをクールに回していたアイーダは、腕組みをしてあざとく首を傾げたナビに、その雰囲気をぶち壊され彼女をジト目で
「んお? このチーズなんかいつも食ってるのより美味いじゃねえか」
「でしょうね。パッケージによるとそれは合成チーズじゃないそうで」
「……マジで食っちまって良かったのかこれ」
無造作に正方形の包みのチーズをもしゃもしゃと食べていたアイーダだったが、高級品と聞いて歯形が付いたそれを凝視し、上目遣いでカガミへ訊ねる。
「そこの人が良いって言ったんで遠慮は無用ですよっ」
「……私はあなたの問いに答えていいか? チーズについては、私は要らないから好きなだけ食べてもらって構わない」
「スマンスマン。じゃ、遠慮無く」
「割り込みはお行儀悪い、とナビちゃんは思います」
またまた1人と1体の漫才が本格的に始まってしまう前に、カガミは早めに遮って、ナビからジト目で抗議されつつ話を進める。
「まず結論からいうと、あなたを狙ったのはキンセン社のアンドロイド。そして厳密に言えば狙われているのはあなたではなく、そのナビという人工知能のデータだ」
それまで1人と1体の空気に飲まれていたカガミは、事務所にあったものより上等なドックで投影されているナビへ、冷たい刃の様な鋭い視線を向けて言う。
「は? なんでこんなクソおしゃべり機能付き家庭用AIなんかを?」
「……」
何度か瞬きしながらカガミに訊いたアイーダがナビを見ると、まるで安価なアンドロイドのように表情が消えていた。
「そもそも、家庭用AIは彼女のように自我を持ってしゃべる機能はないだろう? そこまでの性能を出せるのは技術省、あるいは
「そうなのか? 初めて買ったんで他を知らねえし」
「あ、バレてましたか。やっぱり国という形を護るだけなら公安は優秀ですね」
「申し訳ない。形を護るためにしか、我々は国民を護れないんだ」
そうやって皮肉を言うナビの表情にも語り口にも、普段見られる無邪気さが無くなっていた。
「ヤタさん、そりゃどういう事だよ」
「……」
「な、なあ。ナビも何か言えよ」
「……」
悪い冗談かなにかだと思ったアイーダは、その棘のある言葉に動揺して口元を引きつらせ、頭をさげる1人と彼女を睨む1体へ視線を往復させる。
「彼女の開発コードは〝機械仕掛けの悪魔〟。全てのサイバー空間を意のままに操り、時には浸食し破壊するために生まれた。言うなればサイバー細菌兵器だ」
「って言われるの、私嫌なんですよねー。なんたって悪魔だの細菌だのって全然可愛くないじゃないですか。ほら、私はこんなにプリティーなのに」
スイッチを切り替える様に、いつもの調子でナビは顎の下に両手を当てて小さく首を傾げながら言う。
「……」
「ちょっとー。何か言えって言ったのに、言ったら言ったでアイーダさんが無言じゃないですかー」
「あーいや。スマン、あんまりにもスケールがクソデカすぎたもんで……」
「ぬふふ。分かっていただけたようですね!」
「気を遣って明るくしようとするAIなんかいねえもんな」
「そうです! スーパーなんですよ! そんじゃそこらの人工知能じゃこうは行きませんからねーっ! というわけでもうちょっと持ち上げてくれても良いんですよ! ほらほらほらー」
「しつこい」
腰に手を当ててこれ以上にないぐらい胸を張り、自画自賛を重ねるナビへ、途中まで唖然としていたアイーダは、毛虫でも見る様な目になって冷たく言い放った。
「あっ、そのさげすむ様な目っ。クセになりそうです! ぐへへ……」
「で、そんなやべーコイツの居所を掴んだんで、
「――まあ、そうなる」
両手を交差させて胸元に触れ、クネクネと身をよじって興奮するナビをガン無視し、迷惑な話だぜ、とアイーダは続けた。
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