第4話

「愛し合うアイーダさんと私を引き離そうなんて許せませんね。――ってあれ、キンセンに作られたってご存じなんです?」

「そりゃ作れるような規模で人材がいんのは、政府じゃなけりゃキンセンだろ。名探偵じゃなくてもそのくらい頭は回んだよ」

「ですねー」

「で、いつからアタシがお前と愛し合ってるってか?」

「そりゃあもう、ナビちゃんがアイーダさんと出会ったコンマ1秒後からですー」

「まあ、アタシがケツをローストされた理由はよく分かった」

「あーん、無視しないでくださいよー」

「で、公安のあんたが出向いたってこた、アタシもナビも政府が保護してくれんだな」

「それは……」

「アイーダさんは対象外ですよね。公安は協力者でもなんでもない、民間人1人ぐらい死んでも遺憾に思うだけなんでしょう?」


 歯切れの悪いカガミに対し、ナビは先程の様に、言葉にも表情にもとげを生やして腕組みをする。


「……その通りだ」

「マジかよ」

「まあアイーダさんを放り出すなら、政府機関のシステムを滅茶苦茶にしますけど」

「おいおい、国家ごと脅す気かよ」

「とーぜんじゃないですか。私はアイーダさんの利になることしかしませんからー。アイーダさんのためなら世界だって滅ぼして見せますよ私は」


 アイーダへ向き直ったナビは、眉間へ力を込めて胸元に手を置き、朗らかに物騒極まりない事を宣言した。


「滅ぼすのはやめろ。――アタシ、お前にそんなに言われるだけの事したっけ?」

「それはですね、アシストAIとして、純然な善意でお仕事されているあなたを見てきたからですよ。私の開発者は野心でしか動かない、冷たい人達だけでしたから」

「んなアタシが正義の味方みたいに見えてんのか」

「はい。あ、でもそれだけじゃないですよ。アイーダさんは私がいないと生活能力無くて死んじゃいそうで心配だなっていうのもあります!」

「いや、お袋かよ」

「私はアルティメットなので、恋心とか母性ぐらい軽く生まれちゃうんですよねー」


 憧れを持ってナビに熱っぽく見上げられ、照れ隠しを言っていたアイーダだったが、生暖かい目で言われた2つ目の理由で頬を羞恥に染めつつずっこけた。


「……上には、ナビさんの要望は確実に伝えておく」


 深海に沈んでいく様なため息をついて目を閉じてから、カガミはそれで止まっていた手の動きを再開させた。


 その後、ナビとのしょうも無いやりとりを肴に、チビチビとノンアルコールウイスキーを飲んでいたアイーダは、


「――ですから、バイオ猫でもバイオイカを食べ――。あ、寝ちゃいましたか」


 精神的な疲労もあって、近くに置いてあったブランケットを掛け、座ったまま居眠りを始めた。


「ぬうう、せめて介護用のボディがあれば、膝枕をして差し上げられるのに……」


 ドックの車輪を動かして、アイーダのすぐ横まで来たナビは、投影範囲ギリギリまで近寄って、哀しそうに半開きの口から涎を垂らす彼女を見つめる。


「迷惑料もかねて、私の蓄えから発注しても良いが……」

「そういう冗談とか面白くないのでやめて貰えます? 最高級全身義肢買えるだけ額なんか蓄えてるんですか?」


 報告書類を作成し終えて上司に送り、ナビのそれを横目で見ていたカガミからの申し出に、彼女は相変わらずにべもなくそう訊いた。


「流石にそこまでは無いが、介護用アンドロイドのそれならなんとか買えるだけはある」

「まあ、アイーダさんのポリシーに則って、頂ける物は頂きますが、全部使ったらあなたが困りますよね」

「いや。――もう私には必要が無いものだから」


 今まで高精細な表情機能をほとんど使わず、感情に乏しい様子を見せていたカガミだったが、眉間にしわを寄せてそう言ったときの彼女の目に、強い怒りの色が滲んでいた。


「なんですか、その復讐ふくしゅうのために死地へ赴くみたいな」

「君ほどの高性能になると、それも分かるものなんだな」

比喩ひゆで言っただけです。なるほど、利にもならないのにわざわざアイーダさんごと助けたのは、キンセン社への恨みを晴らそうという訳ですね」

「――ご推察の通り、だ」

「エゴのために利用したんですか。最低ですね」

「そう罵られても構わない。私はキンセン社長のカネイズミを殺すために人生の全てを注いできた。どうか邪魔をしないでほしい」


 ギチギチ、とグローブ部分の擦れる音がするほど両手を握りしめて、そうカガミはかたき謹製の人工知能へう。


「きっとアイーダさんは止めるでしょうが、私はこの人ほどお人好しではないのでしませんよ」


 小さく笑みを浮かべて愛する主人を見やった後、


キンセン社じつかは吐き気がするほど大っ嫌いなので、あくまでもアイーダさんに迷惑をかけない範囲でなら、お好きにどうぞ」


 吐き捨てる様にそう言ってから、ナビは愛想が一切無いながらもカガミの背中を押した。


「ああ」


 カガミはそれに対して1つ頭を下げて応え、セーフハウスの最奥の部屋へと向かった。


 約2時間後。


「ううッ、弁償はすっから――ッ。……夢か」

「凄く世知辛そうな悪夢だったようですねー」

「おう。マスターが顔を血まみれにしてな、よくもテナントを使い物にならなくしやがって、って追っかけて来てさあ……」


 折角横になってぐっすり寝ていたアイーダは、悪夢を見たせいで目を覚ます羽目になった。


「あれ、そういやヤタは?」

「あの人なら、絶対に同僚が来るまで外に出るな、って言って、アイーダさんが寝てすぐ出て行きましたけど」

「は? あんな真面目一徹みたいなのが職務放棄するわけねえだろ。いくら嫌いだっつてもだな……」

「ナビちゃんはそんなに性悪じゃないですよ! ……はぁ。これ、言うな、と言われてないので言いますけど――」


 あらぬ疑いをかけられて不服そうに頬を膨らませた後、ナビはカガミが出て行った理由を嫌々説明する。


「で、1人で突っこんでいった訳か。ったく、腹立つな」

「そういうことです。でも、私はアイーダさんの無事が最優先事項なので、アイーダさんに害がないなら止める理由がないですよね……?」

「お前に怒ってんじゃねえよ。利用してんのに使えるもんを全部使わねえカガミばかまじめに、だ」


 飼い主に怒られている犬の様にシュンとするナビへ、アイーダは投影された頭部の辺りを撫でる動きをし、少しシニカル混じりに微笑みつつ言う。


「――ナビ、お前とんでもねえAIなんだよな?」

「はいはいっ。あなたの可愛いウルトラスーパーアルティメットAI、ナビちゃんです」

「じゃあ、ちょいとヤタの過去に何があったか、何使っても良いから調べてくれよ」

「正直、恋敵の手助けは気乗りがしませんが、他ならぬアイーダさんからのお願いですしばっちこいなのです! 全力全開フルブースト――」


 無駄に喋りながら、手足をシャカシャカ動かしてポーズを決めるナビは、


「いいから。早くやれ」

「アッハイ」


 本気でイラついた睨みや舌打ちと共に、アイーダからドックを軽く足で小突かれたため、待機モーションにして大人しく作業を開始した。

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