メッセンジャー
第1話
今日も雑巾臭い雨が降る、巨大企業の支配する都市国家・ネオイーストシティ。
「ぬおー! 今日こそはお帰り下さいませお客様ァ!」
「こ・と・わ・る!」
その一角にある安飲み屋街・酩酊通りに、ひっそりとあるアイーダ探偵事務所の出入口で、異次元のAIが登載された介護用アンドロイドのナビと、公安局特殊部隊のカガミがいつも通り揉めていた。
カガミは立ち塞がるナビをかわそうと左右に動き、ナビもそれを阻もうと左右に動き、さながらエスニックな踊りのようになっていた。
「今日、インスタントコーヒー特売か……」
ダバダバしている1人と1体に、まるで日常風景かのように関心が無い、自称しがない探偵・アイーダは、電子新聞についてきている格安スーパーのチラシを見てつぶやく。
「アイーダさん! 特売なんかより、この友を名乗る不審者を気にして下さいよ!」
「実際友人ではあるが!? だろう?」
「まあな」
「友人の距離感を再定義してもらってもいいですかね! 隙あらばくっ付こうとするのはどうなんでしょうか!」
「そんな事よりよ、カガミの上着洗って来てくれよナビ。うっすら雑巾臭くて敵わねえ」
「はーい……。というわけで早く
「た、頼む」
アイーダの指示に渋々従って手を出すナビへ、カガミはアイーダを不快にさせている、灰色でビッグシルエットのMA-1を急いで脱ぐと丸めて渡した。
「なんで付いてくるんですか! こっちは関係者以外立ち入り禁止ですよ!」
それを片手に住居スペースへ向かうナビは扉の前で立ち止まり、少し後ろをピッタリ着いてくるカガミへ、振り返って持っていない方の手の平を突き出して制止する。
「いや、それは私のお気に入りなんだ。だから確認のため、だ」
「な、ナビちゃんが雑に扱うとでも? 心外ですねっ! ナビちゃんあなたのことはドブの
疑いの眼差しを検知したナビに、ビシッと眉間を指さされ猛然と非難されたカガミは、すまない、と
「アタシも怒られたんだが、その辺はマジだぞ」
「いや、彼女を信用していないわけじゃないんだ。ただ見届けたいというだけで……」
「それを信用していない、というのでは?」
「任せた事でも一応確認する事が、重大なミスを減らすには重要だろう?」
「でもそれ、プロフェッショナルからすれば、信用されてないと考えてもおかしくないですよね?」
「君は被服の取扱いに特化していないだろう?」
「はいー? 私家事はプロ並のものを実行できますがー?」
「縄もほどけない精度のマニピュレータで?」
「そこはプログラムを改善してまーす。私はハイパーなので、その辺の動作アップデートなら自分で出来るのです!」
「……駄弁ってねえで早くしろ」
「あっ、はい」
「申し訳ない……」
眉間にシワを寄せて口で息をしているアイーダに睨まれ、1人と1体はそそくさと列を成してランドリースペースへ向かう。
引き戸を開くと、そのスペースの奥に小さめの人間ほどのサイズがある、扉がついた立方体の装置が鎮座していた。
それは短時間洗濯乾燥装置で、洗剤水を吹きかけてそれを衣服に浸透させ、汚れを水分ごと分子化する事で落とすため、ごく短時間で乾きすぐに着られる、という画期的な洗濯機だった。
「プロ並みの感想として、この機材はどうだろうか」
「
「だろう。私も使ってみて良いと思ったものだ」
「でもこれ型落ちですよね? そこは新型を贈る物だとナビちゃんは思いますが」
「……予算との兼ね合いもあるし、あまり性能は変わらないのだから良いだろう?」
「アイーダさんならそう言いますから、譲歩はしましょう」
ナビは不満そうに鼻を鳴らしつつ、カガミのコートを中の金属の網で作られたカゴに入れた。
扉を閉めてから2つだけそのノブに付いている、電源ボタンとスタート・一時停止ボタンを順に押すと、5秒ほどで中身を検知して洗浄を開始した。
「しかし、シロノ家電部門製品だけは買うな、と言われていたはずだが、いきなりこんなものを出すとは思わなかったな」
「――あ、どうもかなり優秀な開発者を採用したようです」
「なるほど。……今、ハッキングしただろう?」
「何のことだかサッパリなのです」
まじまじと洗濯機を眺めていたカガミは、ほんの僅かの間、停止してから答えたナビの挙動を見てジト目で問うが、彼女はすっとぼけて口笛を吹くマネをする。
「それは公表されていない事だろう。あくまでも〝一般人〟が無闇に覗くのは、あまり褒められたものではないんだが」
「もー、杓子定規ですねぇ」
「そういう職業、だ」
「おーい。やけに時間かかると思ったらまた駄弁ってたのか」
意味も無く洗濯機の前で1人と1体が立ち話していると、わざわざアイーダがひょっこりやって来て、表向きは少し呆れた表情を見せてそう言う。
「アイーダさん寂しかったんですね! そう言って頂ければ、こんな巨大たぬきみたいな人と喋らずに光の速さで戻りましたのにー」
「な、なわけねえだろ。だいたい探偵ってのは、孤独なお仕事だから平気だっつの」
「本当ですかーぁ?」
ムスッとした顔で反論するアイーダだが、どもり気味かつ顔を赤らめていたので、ナビはニタニタと笑いながら腰に手を当てて、やや前屈みになって訊く。
「うっせえな。おら、依頼人が来るかもしれねえから戻るぞ」
「はいはい。でもこのナビちゃん、あなたが寂しいと言うなら即座に駆けつけますから」
照れ隠しにイタズラっぽいナビに緩くチョップを入れ、踵を返したアイーダへ、ナビは温かい目の微笑みを浮かべてそう言い、パタパタとついて行く。
「たぬき……」
巨大たぬき呼ばわりされたカガミも、少し落ち込みつつその後に続いた。
「で、今日はナビの監視だけじゃなくて、別件があんだろ?」
事務所スペースに戻って、どっかりと革張りチェアに腰掛けたアイーダは、脚を組んでパイプを手に取ると、それでカガミを指して彼女へ訊ねる。
「ああ。……何故分かったんだ?」
「そりゃお前、その仕事用の
「さすがの観察眼だ。同僚でもほとんど見分けられないものだが」
カガミは少し目を見開いてから、上は白のティーシャツ、下は蛍光ブルーのランニングパンツを着ている自身を見やりながら言う。
「駒かな違いを見逃さねえのは探偵には必須スキルだ。褒めるようなもんじゃねえ」
「じゃあじゃあ、ナビちゃんが違うところ分か――」
「一緒だろ。寸分違わず」
「あーん、ちょっとはノってくださいよー……」
ひょこっと顔を覗き込んで、面倒な質問をしようとしたナビだったが、アイーダはにべもなく先に答えを言ってかわした。
「それで用件なんだが、アイーダさんは試作兵器に興味があるだろうか」
「まあ多少は」
「単刀直入にお願いできませんかね? アイーダさんはこれでも暇じゃないので」
「ああ。シロノ社の兵器部門が行う実演実験を見に行かないか、というのが話の主題なんだ」
「ふーん。そこも公安が監視すんだな。まあ構わねえが、アタシみたいな一般人がいていいのか?」
「そこは問題ない。アイーダさんはもうオブザーバー扱いになっているから、関係者で問題はないはずだ」
「なに勝手に決めてるんですか! ナビちゃんそんなの聞いてませんよ! なら謝礼金ぐらい支払っても妥当ではー?」
「それはごもっともだ。だが、公安局から、という訳にはいかない。私が私費から出そう」
「なもんは要らねえよ。いつも通りの差し入れで十分だっつの」
電脳通信でカガミは送金しようとしたが、アイーダは払うように手を振りそれを断った。
「そうか。別に私としては進んで払うつもりではあるんだが……」
「友達からの相談に金を取るほどがめつくもねえし、それで信用を買わせるほどの者でもねえよ」
「それは謙遜が過ぎると思うが」
「カガミさんと同意見なのは! シャクですが! 私もそう思います! アイーダさんだからこそ信用出来るんですよ! もっと自分の能力を過信してください!」
ソファーに座るカガミの目の前まで、わざわざガン飛ばしに行ったナビは、ダッシュで戻ってきてアイーダの手をガッシリ両手で握って、眉間に力を込めてそう彼女へ言う。
「いや、過信したらだめだろ」
「私もそう思う」
「アイーダさんは信じてなさ過ぎなんですよ! マズそうだなーって思ったらこのナビちゃんが警告しますので! 電脳面ではどーんとお任せしちゃってください!」
デンッ、と
「わ、私も物理的な命の方は、この命に替えてでも護るから安心してほしい……!」
すっくと立ち上がったカガミも負けじと、デスクに両手を置きつつアイーダの目を真っ直ぐ見て言う。
「そりゃどうも」
「まあ、もしフルアーマーナビちゃんなら、あなたは要らないんですけどね」
「もしもの話は無意味だと思うが。そこにない
「確かにそうですね。
「なんか、イヤミを感じる……」
「イヤミでーす!」
「自分の方が高性能ボディだからってナマイキなんですよ!」
少し前屈みになって彼女を指さしつつさらに続ける。
「私は生意気だろうか?」
「いや。むしろナビの方がナマ言ってると思うぞ」
「だそうな」
「ぐぬぬ……」
カガミとナビがまたワーワー本格的に揉める前に、アイーダはそう言ってさっさと決着を付けた。
「興味はあるけどよ、流石に今すぐってのは無理だぜ?」
「もちろん心得ている。日程は明後日だ」
「木曜かよ。えらく中途半端だなオイ」
「予報で晴れなのはその日だけだからだろう」
「まあそれはいい。ナビ、一応お得意様方にメール送っといてくれ」
「はいはい。文面はこんなものでよろしいですか」
「お、仕事が早いじゃねーの」
「私の処理能力はハイスペックなので、言われたときには出来ているのは当然なのです」
アイーダがナビを見やって指示を出すと、すぐデスクのモニターへ定型文を送信してきて、カガミをチラチラ見ながら大きく胸を張ってドヤ顔する。
「? 当たり前の事を誇ってどうするんだ?」
それにちょっとカチンときた様子で、ぱっと見分からない程度僅かに顔をしかめたカガミは、仕返しとばかりに鋭いイヤミをナビへ浴びせた。
「ぬわーっ! 腹が立ちますねぇー!」
「人にやられて嫌な事をやるのは止めた方がいい」
「じゃあ私はあなたが、アイーダさんの周りをチョロチョロしてるの、すんごくイヤなんですが」
「それはそれだ。アイーダさんには出て行けと言われていない」
「そーですか。じゃあ精々アイーダさんがご寛容なのに感謝する事ですね!」
「ああ。――五体投地でいいだろうか?」
「やらんでいい」
ふてくされてナビが吐いた捨て台詞を真に受けて、カガミはアイーダに視線を向けて訊ね、速やかに這いつくばろうとするカガミへ、アイーダはそう言いつつゆっくり首を横に振った。
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