第2話

 2日後。予報通り天気は晴れのネオイーストシティは、もはや平常と化した異常気象でこの時期として異例の高温に見舞われていた。


「いやー絶好の日和ですねー! これでカガミさんがいないと良かったんですがねー」

「じゃあ留守番しとけよ」

「そういうことじゃないのです! ナビちゃんは純粋にいとしのアイーダさんとピクニック気分でお出かけしたいんですよ! 何が楽しくてこんなオンボロカーで山道を昇らないといけないんですか!」

「確かに車はオンボロだが、君に来いとは言ってない」

「しかも見た目がオンボロまでならまだ良いですが、エアコンが効かないってどういう了見ですかっ! この温度と湿度かつ雑巾臭い空気をアイーダさんに吸わせるって良い度胸してますね! ねえ運転手さーん?」

「ギボシ兄は、自分が楽しければそれでいいきらいがある。アイーダさんには申し訳ない」


 事務所に迎えに来た、ギボシの古めかしいセダンに乗り込んでから、助手席とその後ろに座るカガミとナビの言い合いが始まり、運転手のギボシは流れ弾を喰らった。


 見た目通りエアコンが故障していたり、どこかから延々とビシビシ音がしていたりしている車は、窓を開けると当然悪臭と悪路のため砂埃が入ってきており、車内は劣悪この上ない環境だった。


「少し、傷つく……」


 ほぼ身内とご主人第一のAI登載アンドロイドから喰らった余りの物言いに、オーナーの彼は顔に〝哀〟の文字を表示した。


「運転してもらってんだからその辺にしといてやれ」

「アイーダ殿……!」

「あ、カガミのにーちゃんだっけか? ガスマスク代、アンタ宛てに請求書切ってあるから、このボロ車に乗せた迷惑代はそれで勘弁してやんよ」


 追加で卵が腐った臭いもするため、移動中に気持ちが悪くなって、道中で買って着けているガスマスクを指しながら、シャツの袖をまくっているアイーダはそう言った。


「……了解した」

「ちなみにナビちゃんオススメの最高級品なんで13万クレジットです」

「か、勝手……」

「ギボシ兄が文句を言える立場じゃない。修理代をケチるのが悪い」

「うむ。正論……」


 月収の1割を使われたギボシは、顔面に号泣の絵文字を表示してため息の音声を鳴らした。


「うわ。おいなんか後ろ煙でてんぞ」

「なに……?」


 ギボシが気を取り直したところで、後部にあるエンジンルームから白煙が上がり、ぷすん、と間抜けな音を立てて間もなく停止してしまった。


「おいおいおい、止まっちまったじゃねーか」

「ちょっとーッ! 何やってんですかーッ! アイーダさん困られてるじゃないですか!」

「ギボシ兄を責めないでほしい。――頼った私が悪かったんだ」

「心に1番刺さる……」


 困惑して腕組みをするアイーダを見て、ナビがブチ切れてヘッドレストを連打し、カガミは後ろを振り返りながら頭を下げ、フォロー風に義兄をチクチクやった。


 車両サービスを契約していないため、一行は車を置いて徒歩で向かう羽目になった。


「か、カガミ……。おんぶしてくれ……」

「わかった」


 見栄を張って2キロは頑張ったアイーダだが、道ばたに引っくり返って動けなくなり、助けを求められたカガミは快諾した。


「――そのときです! アイーダさんは私という伝家の宝刀を抜いて――」

「もう勘弁してほしい……」

「だめだ。アイーダさん」

「おう。ナビ、3倍の濃度で頼む」

「お任せください! ああ、決断したときのアイーダさんの表情たるや! まさにナチュラルボーン救いのヒーローで――」


 だが、クマよけも兼ねた罰として、ナビによるアイーダがいかに素晴しいかの冗長なプレゼンを喰らう、ギボシの助けには一切応じなかった。


 そんな紆余曲折を経つつも、早く出ていたため予定時間にギリギリ間に合って、一行はその周囲をコンクリート塀で囲われた演習場の視察を開始する。


「……」


アイーダはゲートから細々した兵器類が展示されている、現在地の仮設テント群までの間に、切れ間無く社員がいることに気が付いた。


「アタシらだけじゃなく、見学者がそれとなく見張られてんだな」


 球形の地雷除去ロボットを立ち止まって見つつ、アイーダは電脳通信でナビ達へそう言う。


「まあアレですよ。やましいことがないにしても、同業他社の人員がスパイしにきていることなんてありがちですし。実際、この会場に結構な人数いますよ」

「はーん、道理で一般人らしすぎる輩を見かける訳だ」

「把握力がすごい……。なるほど、連れてきて損が無い」

「そうだろうギボシ兄。アイーダさんの観察眼は、ベテラン捜査官とほぼ同じと言っても過言ではない」

「あなたが誇らないで下さいよ。ナビちゃんはもっと前から把握してますんで、その役割は私のものなのですがっ」


 ギボシの発言に被せるように、アイーダを自慢げに称賛したカガミへ、現実で彼女を肘で突きながら半ギレ気味にナビが突っかかった。


「君も精々数年の付き合いなんだろう? 五十歩百歩というやつだ」

「なるほど、100歩進んだ方が私と言うことですね。何ごとものっそりなあなたもナビちゃんを立てる事を覚えたようですね」

「そういう意味の言葉では無いんだが。どうも君は学習するものを間違えているようだな」

「なんですとっ。喧嘩売ってるんです?」

「先に絡んできたのは君だろうっ。私は買ったまでだ」

「ええい、うるせえ! 電脳通信の中でまでしょうも無い言い合いすんな!」


 現実ではムスッとした顔をちらっと向け合ったカガミとナビは、ギャーギャー大騒ぎする1人と1体にしびれを切らしたアイーダから叱られた。


「両成敗だ。お互いに謝れ」

「どーもすいませんでしたー」

「あー、申し訳ない」


 心底不服そうな目を現実でする2人は、お互いに誠意が欠片も無い謝罪を向け合った。


「アイーダ氏。あなたはカガミの心をどうやって開いた? 自分ではどうにも上手く行かなかったのだが」


 目立たない程度に身体をくっつけて、押し合いをしている2人を見やり、隣の地雷としても使える携行型小型地対地ミサイルを眺めるギボシが、個人チャンネルでアイーダに語りかけた。


「あんたって長めの文章喋れるんだな」

「……まあ、必要とあれば……」


 丸くした目をゆっくりと向けたアイーダの素で驚いている言葉に、ギボシは困惑した様子がうかがえる声色でそう言った。


「別になんもしちゃいねえよ」

「なにかこう、思い当たる事は本当にない、か?」

「まあ強いて言うなら、復讐っていう重しが無くなって素が出てるだけだろ。アタシとナビがやったのはそんくらいだ」

「まあアイーダさんがいろいろ言葉を掛けてるので、それもあるんじゃないですかね」

「ギボシ兄。私より先に個人チャンネルでアイーダさんと喋らないでくれ」

「どわっ。しれっと割り込んでんじゃねえよ。ビックリするだろ」

「個人チャンネルの意味……」


 カガミとナビが同時にギボシの電脳にハッキングをかけ、本来できないはずの通信に割り込んで、アイーダをビクッとさせた。


「お、そろそろ目玉の新型戦車とやらのお披露目時間じゃねえか」


 社員に眉をひそめて少し不審がられた様子を見て、アイーダは腕の端末で時計を確認して、自然な様子でそう口に出した。


「で、何が凄いんだこれは」

「粘着式アンカーショットを使って、立体的な機動が行えるんですよ。それプラスで、アシダカグモを参考にした高速移動が可能だそうです。ってパンフレットに書いてありますね」

「……ああそう。ボロ車のなんやかんやで読んでなくてな」

「……」

「一応訊きますけど、帰りの車は手配してるんですよね?」


 やや気恥ずかしそうにアイーダが口を曲げると、カガミとナビからギボシはジト目で責められ、少したじろぎながらナビの質問に、一応とだけ答えた。

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