第3話

 一行はカガミが事前に購入していたチケットで入場し、ひな壇状の観覧席から200メートル程離れた位置にある、卵のような滑らかな曲線を描く8本足の多脚戦車を座って眺める。


 ドローン対策の電磁パスル照射装置が、複眼のように砲塔の周りを囲むようについていて、その上、頂点部分に全方向へ対応できる対空ドーム型の機銃が生えていて、さながら侵略的宇宙生物の様相を呈していた。


「なんていうかこう、ちょっとキモいですね。もうちょっと可愛い感じにならなかったんですかねぇ」


 光学ズームで車体を観察していたナビが眉間にシワを寄せて、旋回させても砲塔と車体の隙間がほとんど見えない戦車を酷評する。


「そういうのを口に出すのは止めてやれ。近くに開発者がいるかも知れねえんだぞ」


 その視界映像を共有して貰っているアイーダは、静かに、と人差し指を立てて声をひそめ、そのそこそこ大きめな声でされた辛辣なコメントを窘める。


「というか可愛い戦車ってなんだよ」

「ポップな感じで塗装されていてまん丸くて、ころころ転がって移動するとかですかね!」

「なんか弱そうだなそれ」

「それに、前提である、人が乗って制御していること、を前提から抜いてどうするんだ?」

「揚げ足とるの止めて貰えます? 良いアイデアだっていうつもりで言ってないんで」


 アイーダのお題に対して、わざととぼけた物言いをした自身へ、横から正論を投げつけたカガミに、ナビは冷ややかにそう言い返す。


「ジョークにしても、ある程度実現性が必要だと思うが」

「まー細かいですねあなたは」

「あのなあ」


 それを起点にまた言い争いになりかけたときだった。


「――なんか、こっち狙ってねえか?」


 時計回りにゆっくりと回っていた砲塔が、観覧席の方に向いて静止し、その奥の方が赤く光った。


「うおッ!?」

「わあっ、せめてカガミさんに――いやそれだと義兄の方にアイーダさんが抱っこされてしまいますからこれで我慢ですね!」

「緊急時ぐらい黙れねえのかああああぁ!」


 カガミがアイーダを、ギボシがナビの機体を肩に担ぎ、アイーダのツッコミ混じりの悲鳴を残し、即座に観覧席の横へ飛び降りて射線から逃れた。


 その一瞬後に、丸い板から自己形成された砲弾が観覧席をかすめて、その衝撃波で上部を破壊しながら、真後ろのゲート脇にある門扉を動かすモーター室に着弾した。


 まだ砲塔が廃熱中の戦車が、猛然と観覧席に突撃してきて、呆然と見ていた観客は蜘蛛くもの子を散らすように逃げ惑う。


 足場を使った仮設であったため、つっこんできた戦車は難なくそれをなぎ倒し、閉まらなくなっている門から真っ直ぐ飛び出していった。


 逃げた先のにあった2階建ての建物屋上から、一行はつづら折りを真っ直ぐ駆け下りる戦車を見送る。


「な、なんなんだ……?」

「有り体に考えると、制御用人工知能が暴走したんじゃないですかね」


 呆然としているアイーダのつぶやきに、同じ様子の3人と違って、冷静なナビがいつものように答えた。


「弱そうつったけど、結構な破壊力あんだな」

「まあ形がどうであれ、大質量の金属の塊が高出力で移動する訳ですからね。カガミさんがぶつかったらアイーダさんは吹っ飛んじゃいますし」

「何故私を引き合いに……?」

「分かりやすい例を挙げたまででーす。断じて他意はありませーん」

「……まてよ。おいナビっ。アレってあのまま真っ直ぐ行くと――」

「はい。西地区方向からネオイーストシティ中心部を突っ切りますね」


 0課の2人より一瞬早く正気を取り戻したアイーダが、嫌な予感がしてナビに問うと、方角を計算してその予感通りの答えを返した。


「至急至急――」


 カガミは間髪を入れずにこめかみを3回叩き、0課司令室へ緊急回線で呼び出しをかけた。


「――とりあえず、我々は応援が来るまで待機だ」

「へいへい」


 課長からの命令をアイーダに伝えると、留まる様社員に言われて騒然としている他の人々から見えない様に、カガミは彼女を抱えて地面に降り立った。


「まあ移動するにも足がないですもんねー。おおむねこの人のせいで」

「面目ない……」


 ギボシにアイーダと一緒に降ろして貰ったナビは、ジト目でギボシをまたチクリとやった後、とてとてと移動してカガミとアイーダの間にわざわざ割り込んだ。


「反対側に行けば良いだろう……!」

「行くのはあなたです! アイーダさんの隣のポジショニングは私が優先なのです!」

「そこは早い者勝ちでいいじゃねえか。巨大隕石いんせきぶっ壊してきた連中でもずっと横並びで歩いてる訳じゃね――」


 しょうもない事でまたいざこざを起こそうとする1人と1体を仲裁して、アイーダが割り込んで平等にしたところで、ガサゴソ、と近くの茂みが動いた。


「きゃあッ!?」

「わわッ」


 出てきたのは大型の全身義肢の女性だったが、熊かなにかと思ったアイーダは、甲高い悲鳴をあげながら瞬時にナビを抱き寄せ、カガミの後方に素早く避難し、


「あ、やっと――ヒイッ!」

「非武装の全身義肢にんげん、か」


 カガミはほぼ一瞬で2メートル程の間を詰めて、その鼻っ柱を殴る直前で止めた。


「は、はへぇ……」


 長身のカガミより2回りぐらい大きい女は、その図体ずうたいにそぐわない情けない声を出して、その場にへたり込んでしまった。


「いやー、アイーダさん。私のボディって代えが効くのがご承知の上だとは思いますが、その上でも私を護って下さろうとするなんて、ナビちゃんは幸せです」

「いや、今回はなんか良い所にいたからだが」

「うわーッ! 木扱いじゃないですかーっ!」


 アイーダの腰に手を回してガッチリ抱きしめながら、もっと愛して下さい、とナビは半ギレだが楽しそうに騒いで、アイーダにうざそうに引っぺがされた。


「すすす、すいません……っ。あっ、悪意があった訳じゃ無いんですぅ……」


 しばらくプルプル怯えて固まっていた女は、動き出したかと思えば深々と土下座を繰り出して、灰色の作業着を着ているパワフルそうなボディを丸めてひたすらに謝る。


「ヘタレっぷりといい、バカでかいたぬきみたいなヤツだな……」

「えっ、100畳敷の金玉袋でお馴染みの?」

「もっとお馴染なじみな要素あっただろ」

「いて」


 心臓の鼓動が落ち着き、腕組みをしてその情けない姿をアイーダがそう例えると、ナビが下ネタを返してきたため、呆れ顔で脳天に軽くチョップを入れた。


「き、金玉袋……。はわわ……」

「……コイツもコイツで流石に耐性なさ過ぎんだろ」


 無菌室育ちレベルの耐性しかなく、その一言だけで赤面し目を回してしまった女に、アイーダは苦笑いを浮かべてそう漏らす。


「――あっ、こんな事をしている場合じゃなくてっ! あの、アイーダさんですよねっ!? 酩酊通りドランクストリートの失せ物探しの名探偵と噂の……!」

「め、名探偵ではねえけど……。まあ、そのアイーダだ」

「や、やっぱり……! なんとかお目にかかりたかったんですっ」


 顔を3分の2以上覆っていた両手で、〝名探偵〟と言われて苦しそうに表情を一瞬曲げたアイーダの手をひしと掴み、女は思いの通り藁をつかんだ様な希望に満ちた目を彼女へ向ける。


「依頼ってなら喜んで聞くぜ。で、今どのくらい銭もってんだ」

「ふぇっ。その、お恥ずかしいんですが、今は手元に3万クレジットほど……。後日お支払いしますので言い値で構いませんからっ」

「じゃあ3千クレジットだ」

「いえその、もう少し口座にはありますから……」

「いや、急いでんだろ? そんな暇がねえぐらい」

「そ、そうなんですっ! 私、そのっ、シロノ社兵器部門のテスターをやっている者でして――」


 ライノ・ケイと名乗った女は、そう言って行方不明に至るまでについて話し始める。

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