第8話
海軍基地からステルスモーターボートに乗り、精鋭
「せっかくの休日だったのにすまんな」
「構わない。休日出勤程度の理由で、悪意に晒されて悲しむ人々を放ってはおけない」
電脳内バーチャル会議室でのブリーフィングを終え、課長が切断間際にカガミへ頭を下げるが、彼女は小さく首を横に一度振って拳を握りつつ力強くいう。
「去年の今頃は、そんな正義の味方みたいなこと言わなかったのにな」
「いくら話しかけても、それは任務に関係あるのか? しか言わなかったですよね」
「あったらあったで必要最小限だしねえ」
「協力的スタンドプレーの権化みたいだったわね」
「御意」
課長が退出するやいなや、現実では周囲を隙なく警戒している5人が、同じく銃座で警戒中のカガミへ少し茶化すように言う。
「善を成そうとし、他者へ歩み寄る心と思いを、私はある人達から学んだ。それを実践しているだけに過ぎない」
カガミが少し分かりにくくはあるが、穏やかに笑みを浮かべて語った様子に、
「――恋、か」
モノアイの忍者めいた頭部を持つ男性課員が、現実で腕組みをして頷きぼそっとつぶやく。
「ギボシ
聞こえない音量になっていたはずだったが、上からカガミに挙動を見られていて、個人のチャンネルから底冷えのする声がギボシと呼ばれた男に飛んできた。
ちなみにヤサカニ・ギボシは、キンセン社の別の実験でカガミより先に全身義肢化された後、カガミと同時に救出された人物で、カガミとは
「り、理不尽……」
ビクッと震えて組んだ腕を解いたギボシは、ちらっと右後ろのカガミの方を見やり、身を縮こめてボソリと言った。
「じゃあ、おっぱじめるわよ」
「了解」
ボートが貨物船近縁に近づいたところで、現場指揮官の女性・シチシ・ツルギの掛け声と共に、カガミが足元にあったボートに根元が繋がっている、バズーカ型アンカーショットを撃って先を欄干に引っかけた。
それと同時に残りの課員全員が立ち上がり、固定を確認してからカガミは高速で垂直に駆け上った。
手動のハンドアッセンダーを使っているにも関わらず、その速度は平地を走る人間とそう変わらなかった。
近くにいた見張りを殴打して排除したカガミが、上がってこい、とハンドサインを出し続いてギボシとツルギも同じ様に移乗した。
「サイボーグ連中は相変わらず恐ろしい早さだな」
「積んでる馬力が人間と桁違いだからねえ」
肉体がサイボーグではない、中年に差し掛かったとにかくガタイの良い男と、逆に無駄な肉がそぎ落とされた男は、感心した様子でやりとりしながら、電動を使って移乗する。
「ちょっとオオグニさんとアマハラさん。緊張感がなさすぎると思うんですが」
「職務態度は適当なぐらいが丁度良いんだぜ若者よ」
「ガチガチじゃ視野狭窄になって死んじゃうよう」
殿に上肢と下肢をサイボーグ化した、最も若手な陸軍から出向した若い男・クサナギ・タケルが、おじさん2人を窘めつつ同じもので移乗した。
真っ先に到達したカガミとギボシが、跳躍してブリッジの屋根に乗り、
「なん――」
足場に降りたカガミが義肢の馬鹿力でドアを瞬時にこじ開け、
ギボシが操縦系統にハッキングして、元の港へ引き返すように命令を書き換えたため、船がやや右に傾斜して方向転換を開始した。
船員の企業私兵が異常に気付いて反撃を開始するが、練度が圧倒的に足りていないため、甲板上の構造物を盾に銃撃を開始する4人に次々と射殺されていく。
『海賊か!?』
『そんなものはこの国の領海にいない!』
『警告もなしに来るとなると……。公安特殊部隊ッ!』
同じ様にして銃撃戦に移行したサイボーグ私兵もいくらかいたが、
『ギャア!』
『ウガッ!』
艦橋からコンテナに飛び移り、音も無く背後に降り立ったカガミにナイフで首筋を切り裂かれ、速やかに無力化されていく。
カガミと銃撃に挟み撃ちにされた私兵達は、30分もしない内に全滅してしまい、組織的な反撃はあっという間に終わった。
機関部に立てこもった非戦闘員の社員十数名うち1名が、
「こ、この船には爆弾が仕掛けられている! 爆破されたくなくば速やかに立ち去れ!」
起爆装置のスイッチを握った手を隔壁扉から突き出し、通路の角に隠れてアサルトライフルを構える0課員へ声を張り上げる。
「残念だが、もう信号は書き換えさせて貰った。それでは起爆しない」
しかし、カガミが冷静にそう告げた事で、最後の抵抗も無駄と分かると観念して次々に投降した。
「誘拐された被害者はどこだ? 正直に答えれば司法取引として、あなた達の身の安全は保障される」
ボディチェックを終えた社員達にカガミが告げると、中央付近の1番下に積まれた、コンテナ10個の中に収められている事を現場主任がすぐに白状した。
「大丈夫ですかッ」
クサナギが罠を警戒しつつそのうちの1つを開けると、空調が効いた内部には子どもから若者までの年齢層の人間が詰め込まれていた。
「君がマサトくんか」
「う、うん……」
「お姉さんが君を探していた」
「姉ちゃん、が……?」
その中に、監視カメラ映像で何度も見たエミリの弟を見付け、カガミは不器用ながらも微笑んで、保護されているエミリへ通信を繋いで確認をとった。
*
その翌朝。アイーダ探偵事務所に届けられた新聞で、自称しがない探偵はカガミたちが上手くやって無事に被害者達を救出した事を知った。
「おはよう、アイーダさん」
「ん。おはようさん」
「お帰り下さいお客様ァ! この鍛え上げられた箒捌きをくらいなさい! えいえい!」
「……や、やめてくれ」
「何やってんだバカ。没収だ没収」
「うわーん!」
事務所内にいそいそと入ってきたカガミを、ナビは出迎えも礼儀も何も無く、逆さまにした箒で追い返そうとするが、アイーダに取り上げられてあえなく失敗した。
「約束通り来た、ぞ」
右手の取っ手付き紙箱を顔の下の高さまで持ち上げつつ、カガミはそう言って少し照れた笑みを浮かべた。
「おう。達者で何より」
「通りじゃないですよ! 1日早いんですけど!」
「時間など大した事ではない。この場合戻ってくるのが主題だろう」
「屁理屈って言うんですよそれーっ! だいたいアポなしで連日迷惑だと思わないんですか!」
「せ、正論……」
アイーダの間にひょこっと割り込んだナビから、指をさされて珍しく真っ当な批判を受け、何も言えなくなったカガミは、ドーナツの箱をアイーダに渡して出直そうとする。
「――おっ、これ朝一番に列ばねえと買えないヤツじゃねーか!」
「あっ、ああ。急に訪問するのだから、これぐらいは、と思って……」
だが、それを開けて中を見たアイーダが、毎日数量限定の天然ハチミツドーナツに、歓喜の声を挙げながらカガミの手を握ってくるので、カガミはニヤケを抑えながらそう言う。
「なら全然いてくれて良いぞ。いやー、これ1回貰ってから、ずっと食いたかったんだよなー!」
「そんなに喜んで貰えると、仮眠2時間で列んだ甲斐があった」
「も、物で釣られてどうするんですかーッ! プライドはどこへっ!?」
今日は勝ったとナビは確信していたが、その判定が愛する主人によってひっくり返され、ナビは下がり眉になって機嫌のいい彼女へそう訊く。
「前々から貰えるものは貰っとく精神だっつってるだろ?」
「ぬぬぬ……。こ、この
「誠意を見せるのに卑怯もなにもないだろう?」
お返しとばかりに正論で返してくるカガミを指さしながら、ナビは地団駄を踏んで悔しがっていた。
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